人を育てるということ
3月24日(2022年)に行われたサッカーワールドカップアジア最
終予選の豪州戦で日本代表が7大会連続で本大会出場を決める勝利を飾
りました。
ロシアのウクライナ侵攻やコロナ第6波等暗いニュースが多かった中で、
久しぶりに明るい話題となりました。
残念ながらテレビ放送もなく、寂しい想いをしながらネットで戦況を見
守ったのですが、試合後の状況を見れば見る程あることを感じました。
「日本も人が育ったね!」
なかなかワールドカップに出れない時期の日本代表は、一握りのスター
選手がいるだけで、メンバーはほぼ固定されていました。
今は誰かが怪我をしても、まったく戦力が落ちません。
長い間、海外へ修行の為に選手を送り込み、長期ビジョンを持って人を
育ててきたからだと思うのです。
この国の企業も、かつては大事に人を育てていました。
それがいつしか人を育てず、できる人間を連れてくるという発想に変わ
ってしまったのです。
今回の記事は、人を育てるをテーマに読者の皆様と共に考えてみたいと
思います。
ジョブ型雇用
先日も大手電機メーカーが、職務内容を明確化する「ジョブ型」雇用形
態の導入を再び加速させていると報じられていました。
世界から遅れをとったデジタル化の推進や益々激しさを増す海外企業と
の競争等、経営環境が大きく変化する中、旧来の日本型雇用では優秀な
人材が確保できないと判断したようです。
以前の記事でもご紹介したように、日本では長い間会社側と社員側との
間にまず信頼関係を結ぶメンバーシップ型の雇用形態をとってきました。
日本型雇用システムはメンバーシップ型と呼ばれています
最大の特徴は年功賃金ではなく、社員を大事に教育するところです
メンバーシップ型の良いところは企業が入社時も含めてキチンと社員を
教育するところだったのです。
ジョブ型の雇用制度では、各ポストに必要な知識や経験、能力、資格を
職務記述書というものに明記します。
ようするに求められる仕事に対して遂行が可能な人材を当てはめるやり
方です。
当てはまる人材を年齢に拘わらず起用することが特徴で、社内外から専
門性や意欲のある人材を集めやすくなる利点があります。
ですから、ジョブ型はスペシャリストを活かせる仕組みであると言えま
す。
欧米では元々流動性がある労働者市場を持っていることと、年齢差別が
ないことがジョブ型が定着している要因にもなっています。
これに対して日本型の雇用形態では、メンバーシップ度を高める為、企
業は転勤という方法で会社への忠誠心を確認してきました。
ようするにスペシャリストよりはどんな仕事でもこなせるゼネラリスト
が育つ環境が出来上がっていたのです。
もう一つ厄介なことに日本企業には、右肩上がりに賃金が上がっていく
年功賃金とセットになった定年制度が存在していました。
この定年制度、60歳で全てが終わる為にそれまで右肩上がりに給料を
上げ続けることが出来たのです。
この全てが終わる強固な定年制が年齢差別を生みだしました。
年金制度改革で定年が65歳になり、70歳になろうとしていますが、
この国の企業では高齢期になると、専門性や意欲があってもやりたい仕
事に就くことが出来ないのです。
筆者は日本も欧米のように法律で年齢差別を禁止すべきだと考えていま
す。
以前の記事でもグラフでご紹介したように、今日本企業も社員が高齢化
しています。
日本の社会が高齢化しているので、それはある意味仕方がないことです。
業界によっては少し差異もありますが、特定の業界では社員の平均年齢
が40代後半から50代に達する企業も少なくありません。
上述の電機メーカーも同様なのです。
こんな企業にジョブ型を展開するとどうなるのでしょうか?
高齢期の社員が活かせないとなると、即戦力を外部から受け入れるしか
ありません。
そうなると、今日本企業で流行っている「早期退職」や「希望退職」を
募って社員を入れ替えていくしかなくなります。
そこでまた多くの方が職を無くしたり、転職できても年収が大きく減少
する等、生活の質が下がる可能性があるのです。
政府はなんとか賃金を上げて欲しいと企業にお願いをしていますが、こ
んな事をしていると日本の平均賃金は上がるどころかドンドン下がって
いきそうです。
この動きに対して、組合側を代表する連合の会長は人材の流動性が高ま
ることに理解を示しつつも、雇用の確保が第一義だとクギを刺していま
すが、おそらく雇用も賃金も守ることはできないと感じています。
企業は、企業そのものを守る為に雇用も賃金も守ることができないので
す。
ここに至って日本のメンバーシップ型の雇用システムは崩壊寸前です。
でも、本当に欧米のシステムで日本企業は強さを発揮できるのでしょう
か?
日本型雇用は悪いシステムなのでしょうか?
日本型と欧米型の比較図です
日本型はあくまでも人が中心で人に仕事を貼り付けます
欧米型は仕事が中心で、仕事に最適な人を貼り付けます
日本版のジョブ型雇用
実は日本では、かなり前の1960年頃から中高年雇用の問題が議論さ
れていたんです。
当時から年齢差別は問題視されていて、ジョブ型の雇用システム導入の
検討がなされていたようです。
年齢差別防止の為にジョブ型雇用が検討されていたなんて皮肉な話しで
すね。
そして、二度にわたるオイルショックの影響で中高齢者の雇用が不安定
になった際は、ジョブ型への移行が加速される勢いにあったようです。
しかし、その後のバブル期に海外から「日本型雇用システム」が称賛を
浴びた為、メンバーシップ型雇用システムからジョブ型雇用システムへ
の転換が頓挫することになります。
その成功体験の影響によってか、バブル崩壊後も日本はなぜかシステム
変更ができないまま現在に至っているんです。
しかしながら、日本型雇用にも欧米型雇用にも良いところがあります。
筆者は、社員そのものを大事にする風土は変える必要は全くないと思う
のです。
学校を出た若者を一括採用する日本型の雇用システムは、少子高齢化に
よる今後の人手不足に対応する意味でも、継続していく必要があると思
います。
反面、欧米型の仕事を遂行する力を重視する考え方は生産性を上げます。
職務範囲を明確にすることは、ポジションや責任を明確にすることにつ
ながりますし、労働時間や勤務場所が決まっていることは、親の介護や
子育て等様々な事情を抱える労働者にとっては多様性という面で非常に
柔軟に対応できるとも言えます。
従業員の能力、質の向上に配慮した仕事の配分は、結果的には生産性向
上にもつながります。
〇が付いているところが優れた点です。良いとこどりができれば・・
でも、あくまでも働く人が大事にされなければなりません
このようにどちらがいいのかを論議するより、お互いのいいところを活
かして日本版のジョブ型雇用を考えればいいのではないかと筆者は考え
ています。
経営側に都合に合わせてジョブ型を導入するのではなく、日本型の良い
点を残したジョブ型雇用システムにするのです。
欧米型の雇用システムでは、仕事に対して最良の結果と最高の生産性と
いう結果を出せる人材が配置されます。
ようするに、仕事の成果は最良の人を選択することで、事前にある程度
計算ができます。
これに対して、日本型の雇用システムでは、この「人」が最良であると
は言えず、生産性向上の観点でも、決して良策とはいえません。
「人」が管理職や幹部であった場合には企業に与える影響も大きいので
す。
忖度やゴマすりが上手な人間を選んでしまうと最悪の事態となりかねま
せん。
両方の良い点だけを採用した日本版ジョブ型雇用システムとすることで、
年齢給ではなく、職務遂行能力の高い人材に多く賃金が払われるように
なります。
年齢差別ではなく、能力が高ければ高齢者であろうと、若年者であろう
と、高い賃金が払われ待遇も良くなる。
このことが企業を活性化させ、生産性も向上させることが出来ます。
結果的に競争力をも高めることになるのです。
そして日本型雇用システムの一番良い点である、「人を大事にする」と
「人を育てる」にお金と時間を使う必要があるのです。
日本版ジョブ型システムを導入する前にメリット・デメリットをよく
検討して、できれば企業に合わせたシステムが導入できればいいですね
日本型の強さの秘密
筆者は日本の企業にジョブ型雇用システムを単純に導入しても失敗する
と思います。
できる人間は、欧米のように更に良い条件を目指して転職を続けること
は目に見えています。
なぜ、日本企業は今迄定着率が良かったのでしょうか。
それはメンバーシップ型の良いところである会社と社員が一心同体だと
いうことです。
言葉を変えると運命共同体とも言えます。
かつて日本企業が強かった時、欧米の企業は企業と社員がスクラムを組
んで突進してくる日本企業の姿に恐怖したのです。
この信頼関係は何処から生まれてくるのでしょうか。
一旦社員になったら、社員を大事に教育するからです。
できる人間を外から連れてきて、不要になった人間を捨てるような会社
と社員との間には信頼関係等生まれません。
そういう意味ではバブル崩壊以降、日本の企業は人を育てなくなったと
感じています。
ジョブ型で職務内容を明確にするだけでなく、その職務を全うできる人
を育成しなければならないのです。
高齢期になっても自分を活かせるところがある方が安心して思う存分能
力を発揮してもらえると思いませんか?
当然のごとく、会社の努力だけでなく、社員の努力も必要ですが。
希望退職や早期退職の前に社員にチャレンジの機会を与えて欲しいので
す。
そんな考え方が、結果的に企業の競争力を生むと筆者は思っています。
サッカーは11人で行う競技ですが、ベンチにはそれ以上の控え選手が
いて、ピッチで戦っている選手をサポートしています。
ベテランも若手も一緒になって目標に向かって突き進む。
そんな文化や風土が、この国の企業には無くなってしまいました。
今回の豪州戦、試合終了間際で得点を決めた選手は、真っ先にベンチに
向かって走り、選手が一つの塊になって喜び合いました。
そんな感動がこの国の企業にもかつてあったことを若い人にも知って欲
しいですし、そんな企業であって欲しいと願っています。
そんな企業が増えていけば、きっとこの国の競争力は復活すると筆者は
思っています。
だからこそ、この国に合った新しい雇用システムが必要なのかもしれま
せんね。
難しい課題ではありますが、答えが必要です。
今回の記事も最後まで読んでくださり、感謝申し上げます。