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時代遅れの社会規範

2022年05月28日
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筆者の好きな歌手の一人に河島英五さんがいます。

 

とても渋い歌手ですが、残念ながらもう亡くなってしまいました。

 

河島さんのヒット曲の中に「時代遅れ」という歌があります。

 

独特の嗄れ声で「時代遅れの男になりたい・・」と歌うその歌詞の中に
は、辛いことをじっと耐える真面目な男が表現されています。

 

歌詞の中では、時代遅れの男=人の心を見つめ続ける男となっています。

 

人の心を見つめ続ける男とはどういう人なのでしょうか?

 

相手に対する配慮でしょうか?

 

筆者は、良い意味での忖度ではないかと思います。

 

続く歌詞の中には、「自分に似合わぬことを無理にせず」、「自分の事
はいつも後回し」にして人の世話を焼き続ける優しい男が描かれていま
す。

 

でも、昭和の時代にはこんな優しくて不器用な男がたくさんいたように
も感じてます。

 

時代遅れは、悪いことではなさそうな気もするのは筆者だけでしょうか。

 

しかしながら、人生100年時代の到来と共に、時代遅れになってしま
って困ったものがたくさん現れ始めました。

 

 

画像素材:いらすとや 河島英五さんは筆者と同じ大阪府東大阪市出身
バンド結成からメジャーへと上り詰めましたが、昔飲み屋街で活躍した
流しの歌手のイメージがある渋い歌手です

 

カーヴ・ド・ラ・マドレーヌ

 

 

暦年齢の功罪

 

 

この国だけではないのかもしれませんが、生まれてから何年経ったとい
う暦年齢が社会では幅を利かせていて、それがいろいろなことを決める
基準にもなっています。

 

以前の記事でも書いたように、人生全てが暦年齢を基準に動いていくと
いっても過言ではありません。

 

筆者もそれが当たり前のように考えて人生を歩んできましたが、60歳
を超え、高齢期に差し掛かってくると、「待てよ、それって何かおかし
くないか?」という気持ちが芽生えてきました。

 

筆者が生まれた1960年代では、平均寿命は60歳代でした。

 

そう、60歳になれば(当時の定年は殆どが55歳)残りの人生は僅か
だったので、60歳を超えれば残りは余生をうまく過ごすことで済みま
した。

 

平均寿命が80歳を超え、女性に至っては90歳に届こうとしている中
で、社会の仕組みがそのままでいい筈がないと思い始めたのです。

 

何かおかしくないかと・・・

 

 

老化にも個人差がある

 

 

筆者の後頭部も随分と薄くなってしまいました。(笑)

 

身体的な老化は生物学的にも必然です。

 

ただ、筆者の生まれた頃の60歳と今の60歳では見かけそのものが全
く違います。

 

読者の皆さんもTVで活躍するタレントの皆さんの年齢を聞いて驚くこと
がある筈です。

 

例えばタモリさんや鶴瓶さんはもう70歳を超えています。

 

よくよく考えるとビックリです。

 

かつてはこの年齢まで活躍するタレントは極僅かだったように記憶して
います。

 

当然のごとく個人差はあるものの、人の老化は今までの暦年齢を基準に
した老化とは合致しなくなってしまいました。

 

身体的な老化だけではありません。

 

思考の老化も同じです。

 

以前の記事でもご紹介したように近年の日本人ノーベル賞受賞者は全て
高齢者です。

 

それも後期高齢者(75歳以上)が多く含まれています。

 

昨年度(2021年)受賞した眞鍋 淑郎さんはなんと90歳でした。

 

記憶力は加齢と共に低下していきますが、考える力は衰えないそうです。

 

身体的な能力も思考的な能力も今迄の暦年齢基準では測定不可能であり、
時代遅れになっていると言えるのです。

 

 

画像素材:いらすとや  高齢期でも活躍できる証拠があります

 

 

悪しき慣習

 

 

年金制度改革で年金受給開始年齢がドンドン後ろにズレています。

 

今は65歳が基準になっていますが、これからも繰り下げになっていく
ことは誰もが予想できる事です。

 

結果として65歳や政府が目指す年金受給開始年齢である70歳迄働か
なければならなくなった今、一番の問題は年齢と賃金を紐付けする悪し
き慣習です。

 

今迄当たり前だった「年功賃金」が改められ、若い人でも能力に合わせ
て高給がもらえる時代になりましたが、60歳を超える(雇用延長にな
る)とガクッと賃金が下がります。

 

60歳を1日でも超えると、能力も生産性も変わらない筈なのに賃金が
大幅に下がる。

 

この暦年齢重視の賃金体系を変える必要性があるのです。

 

バブル崩壊以降、組合は雇用を守ることに専念し、賃金を犠牲にしてき
ました。

 

ここにきて、賃金を上げようと政治を巻き込んで論議されていますが、
会社そのものも高齢化していく中で、高齢期の賃金見直しまでは含まれ
ていないようです。

 

雇用延長になれば賃金が下がるのは当たり前。

 

この悪しき慣習を失くす方法はあるのでしょうか。

 

 

以前の記事でもご紹介した年功賃金の図です(詳細は記事参照)
問題は60歳を超えて会社に残る際に賃金がガクッと下がることです。

 

 

自覚年齢を持つ

 

 

会社の制度や仕組みを変えていくには時間がかかります。

 

その為に筆者はまず以前の記事でもご紹介したように自覚年齢を持つこ
とが大事だと思うのです。

 

暦年齢の悪しき慣習に流されない自分を創る。

 

自覚年齢と言われてもと思われる方もいるかもしれないのですが、単純
計算でも1960年から現在では25~30%も平均で寿命が延びてい
ます。

 

要するに若くなっているのです。

 

それにも拘わらず、自分はもう歳だからと思ったり、悪しき社会規範の
影響を受けて思い込んでしまう。

 

そうではなく、自分の思う年齢である自覚年齢に合わせて人生(セカン
ドライフ)を設計し直してみる。

 

思考パターンを変えるのです。

 

分かりにくいのですが、下図に表してみました。

 

 

 

 

 

 

人生が長くなった分、(健康を維持した前提ですが)60歳で40歳く
らいの若さを保つ。

 

60歳でも仮に身体的・思考的能力が40歳であれば、できることが違う。

 

将来のなりうる自分の姿が変わってくる筈です

 

自分の自覚年齢はどれくらいだから、まだ後何年は頑張れる…と考える
と人生設計の中身も変わってきます。

 

会社で雇用延長になり、満足な仕事が与えられなくとも、自覚年齢が若
ければ副業でチャレンジすることも、65歳退職後でやれることも明確
にできる可能性があります。

 

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65歳迄なんとか我慢して年金をもらうことを考えるよりはるかに前向
きになれます。

 

この悪しき社会規範である暦年齢を自分自身の頭の中から消してみるこ
とは長くなった人生を生きる上でとても有意義なことかもしれません。

 

自分らしく高齢期を生きる方々が増えれば、河島英五さんが歌う時代遅
れの男たちが脚光を浴びる時代がくるかもしれないですね。

 

拝金主義で人を大切にしない輩が偉くなるのではなく、真面目で、不器
用だけど人の心を大事にする男たちが中心になれば、この国の社会は良
くなっていくのかもしれません。

 

河島英五さんの「時代遅れ」を聞きながらしみじみとそう感じました。

 

 

今回の記事も最期までお付き合い頂き、感謝申し上げます。