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人生を何に懸けるか

2023年06月24日
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懸けるという文字は普段あまり使わないですよね。

 

翔けるや欠ける、掛ける等はよく使うのだけれど…

 

懸けるという文字は「賞金を懸ける」や「命を懸ける」にも使えるので
すが、こんな言葉は普段あまり使いません。

 

でも、先日「懸ける」という言葉を使っている若者がいました。

 

その若者は、今年(2023年)の全仏オープンテニスの車いすテニス
で見事に優勝した小田凱人選手です。

 

 

画像素材:いらすとや
国枝慎吾選手に続くスーパースターの誕生です
世界で日本人の活躍を見ることは嬉しいことですね

 

 

なんと若干17歳。

 

車いすテニスの第一人者であった国枝慎吾選手の引退後すぐに世界にそ
の名を轟かせました。

 

日本人が世界を相手に頑張っている姿を見るのは誇らしいものですね。

 

彼がインタビューで、「自分の強みは何か?」と問われた時の答えにそ
の言葉が使われました。

 

「人生を何に懸けるかを(人生の)早い時点で見つけたこと」

 

ようするに、テニスで世界のトップを目指すことに命を懸けたというこ
とになります。

 

彼はこうも発言していました。

 

「一つのものに集中すれば、他の面で犠牲にすることも多いのだけれど、
(テニスに)明け暮れた分、トップに近づける」

 

と…

 

若くして「生き甲斐」や「遣り甲斐」を見つけたと言っていいと思いま
す。

 

良い(知名度の高い)学校に入って、大きくて安定した優良企業に就職
し、沢山お金(給料)を貰って裕福な生活をする。

 

それを良しとしてきたこの国の社会は、格差と貧困の拡大でホコロビが
そこらじゅうに出ています。

 

本当に大事なものは何なのかを真剣に考える時代になったのかもしれま
せんね…

 

 

画像素材:フォトサリュ  大企業の本社が集中している東京
本当に東京がいいのでしょうか? 大企業がいいのでしょうか?

 

 

進学校ばかりがいいのか?

 

 

今年(2023年)春に、徳島県の片田舎の街に誕生した私学の高専で
ある「神山まるごと高専」に、筆者はとても興味を持ちました。

 

その高専がある徳島県神山町は人口わずか5千人あまり。

 

高齢化率50%の超過疎地で、コンビニも町内に1軒しかないそうです。

 

こんな片田舎の町に全国から40名ほどの学生が集まり、寮生活を送り
ながらテクノロジーとデザイン、そして起業家精神を学んでいるそうで
す。

 

なんとこの学校の校歌は、故坂本龍一さんの最後の作品だと聞くとチョ
ット驚きです。

 

この学校の凄いところは、校歌だけでなく、私立校であるにも拘わらず
学費がゼロというところです。

 

そして、ありきたりの授業を受けるだけでなく、週に一度は名だたる起
業家たちが講義に訪れ、夕食迄一緒にして将来についてを話しあうのだ
そうです。

 

きっと将来、何に懸けるのかを話し合っているような気がします。

 

学生たちが卒業後に想い描いているキャリアパスは、就職が3割、大学
への編入が3割、起業が4割と様々ですが、学生時代から将来について
深く考えることができる環境が揃っていると言えるのです。

 

加えて学費が必要ない分、経済的な理由で進学を諦めなくてもいいので
す。

 

知名度の高い大学への進学や優良企業・大企業への就職を目指していな
い、いや目指さないところが凄いと感じました。

 

自分が将来何に(命を)懸けるのかを考えていける環境を差別なく与え
ることができる。

 

これが理想の教育の姿なのかもしれません。

 

今年からの開学なので、将来どんな人材が出てくるのかとても楽しみで
す。

 

是非こんな学校を評価し、認める社会になって欲しいものです。

 

 

徳島県の片田舎は都会のネオンや喧騒とは無関係
だから将来のことを真剣に考えることが出来るのかもしれませんね

 

 

 

歳をとっても生き甲斐は見つけられる

 

 

若者だから将来の夢や生き甲斐があるのかというと決してそうではあり
ません。

 

逆に最近の若者には、夢や希望が少なくなったのではないかとも感じて
います。

 

やはり、格差や貧困の広がりによる影響は予想以上に大きいような気が
するのです。

 

筆者は、こんな閉塞感に満ちた時代だからこそ、この国が輝いていた
時代を知っている高齢期の方々がもう一度頑張らないといけないのでは
ないかと考えています。

 

なぜかというと、人生が長くなった分それが可能になったからです。

 

 

 

画像素材:いらすとや
筆者の周りにも高齢期でもバリバリ働いている人が増加中です
皆さんとても元気で、やり甲斐を持って働く事は尊いことだと感じます

 

 

60歳になった人は後20~25年は、新たな生き甲斐探しの旅に出か
けることができます。

 

70歳になっても、後10年以上もあるのです。

 

人によっては、後20年以上もあるかもしれません。

 

生き甲斐や遣り甲斐は、若者だけの特権ではありません。

 

高齢期になっても、生き甲斐や遣り甲斐を持って、社会に貢献すること
ができれば、頭と体を使うことによって、健康寿命を延ばすことも可能
になります。

 

高齢期に入った方々が、もう一度、

 

(残りの)人生、何に懸けるか… 

 

ということを考えて行動に移せば、この社会と本人にとって良い方向に
向かうことは間違いがないとも感じます。

 

自分の身の丈に見合った行動でいいのです。

 

そんな社会になる為には、高齢期の方々の対する考え方も変えていかな
ければなりませんが、少しずつではありますが社会も変わりつつあるよ
うな気もします。

 

・高齢期でも活躍できる就活サイトの増加

 

・高齢期の社員に対する企業の対応の変化
(役職定年制度の廃止や定年延長等)

 

まだまだ高齢期の方々の数に見合った変化にはなってはいませんが…

 

諦めずに世の中の変化を冷静に見ていけば、チャンスは生まれるかもし
れないのです。

 

高齢期で、残りの人生に懸けるものが見つかるなんて、とっても素晴ら
しいことかもしれません。

 

その結果で、健康寿命が延ばせて、医療や介護等の出費も減らせる。

 

スポーツの世界でも、シニア大会が活況を見せようとしています。

 

そんな世界でトップを目指すこともできるかもしれません。

 

諦めないで挑戦しなければできないことですが…

 

人生を懸けるということは、命を懸けるということ…

 

筆者も諦めずに頑張ってみようと思っています。

 

若者に負けないように…

 

 

今回の記事も最後までお付き合い頂き、感謝申し上げます。