生きがい就労という考え方
ベットタウンでの取り組み
日本の都市とその近郊は、1960年代以降の高度経済成長期に地方から移
住してきた人が多い。
地方から都会に移住してきた人の殆どは企業に勤め、仕事中心の生活を
送ってきました。
そういう意味では地域との強いつながりを持っていない方が多いのでは
ないでしょうか。
「社縁」はあるが、「地縁」はない人が多いといえるのです。
「社縁」しかない方が、現役をリタイヤすると、急に人とのつながりを
失う方が多いのも頷けます。
2012年に団塊の世代が65歳を迎え、現役生活をリタイヤしたこと
で大量の高齢者がこのような状況になるとどうなるのか。
そのような状況を懸念してか、あるプロジェクトが2010年に立ち上
がっていました。
「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」という名の研究開発
プロジェクトです。
このプロジェクトには、副題がついています。
「セカンドライフの就労モデル開発研究」という副題で、高齢者が持っ
ている経験・知識・スキルという貴重な社会資本財を地域にどのように
活かすのかというテーマをもったプロジェクトなのです。
このプロジェクト、東京大学高齢社会総合研究機構と東京のベットタウ
ンである自治体、そして団地を所有するUR都市機構が上記のテーマに
取り組んでいました。
場所は千葉県柏市の「豊四季台団地」、JRの柏駅から徒歩10数分の場
所に広がる団地がその舞台です。
画像素材:フォトサリュ 豊四季台団地と同じ頃建てられた団地は、
今、日本中で解体が進められています
1960年代に開発されたこの団地は、老朽化が進み、現在建て替えが
進んでいます。
団地そのものの姿は、また記事でご紹介するとして、今回の記事ではこ
のプロジェクトの主題である「生きがい就労」というテーマに絞ってお
話しをしてみたいと思います。
このプロジェクトにおいて表現している「生きがい就労」という言葉の
中には3つのコンセプトがあることがわかっています。
- 働きたいときに無理なく楽しく働ける
- 現役時代に培ってきた能力・経験が活かせる
- 高齢者の就労が地域の課題解決に貢献する
セカンドライフでの「働く」というテーマに対して、より多くの人がよ
り長く参加でき、高齢者だけでなく地域社会全体にとっても効果的な働
き方を「生きがい就労」という言葉で表現しているのです。
このプロジェクトを進めるにあたり、地域住民への調査や社会資源の状
況を確認した結果、次の3つの事業領域を設定しています。
- 農業 => ベットタウンとして開発される前は農村地帯であり、多く
の休耕地がある - 食 =>地域のコミュニティを支えるための一つの重要なキーワード
である - 生活支援 => 保育支援等男性だけでなく、女性の含めた高齢者のノ
ウハウが活かせる
この3つの事業領域の設定からプロジェクトは、実際に7つの事業を構築
しています。
- 休耕地を利用した都市型農園事業(農業)
- 空きスペースを利用したミニ野菜工場事業(農業)
- 団地屋上を利用した屋上農園事業(農業)
- コミュニティ食堂事業(食)
- 移動販売/配食事業(食)
- 保育サービス事業(生活支援)
- 生活支援事業
このプロジェクトは、地域住民を巻き込み検討に検討を重ねた上で、地
域住民への活動参加を促すセミナーを継続開催することにより、当初生
きがい就労を希望する高齢者557名の参加を募ることができています。
その応募者に対してさらに説明やセミナーを実施することにより、最終
174名の高齢者が実際に就業するに至っているのです。
画像素材:いらすとや 高齢期で仕事もないと交流が少なく孤独です
セカンドライフステージの働き方
読者の皆さんは、この取り組みをどう思われるでしょうか。
できることからやったのではないかと思われる方もいるかもしれません
が、寿命が延びたことで新たに加わったといえるセカンドライフステー
ジの働き方には、まだ手本というものがありません。
高齢社会に対する手本がないのですから、セカンドライフステージの働
き方にも手本がないのは当然のことでもあります。
筆者はそのロールモデルを考えているところにこのプロジェクトの意義
があるように感じています。
今まで企業で行われてきた高齢者雇用のように後ろ向きに捉えずに、セ
カンドライフステージを迎えた方々が何ができるだろうという視点で前
向きに捉えているのです。
セカンドライフに入った方々を弱い立場とは考えずに、地域として知恵
を絞り、地域に本当に役立つ事業を考えているところにこのプロジェク
トの本当の意義があるのではないでしょうか。
筆者は、その取り組みの流れは次のようになっているのではないかと考
えています。
- 地域住民も参画して、計画をつくり、戦略を立てる
- 地域の資源や資産を確認し、それを有効活用して自分たちの街を
リデザインする - 地域に貢献する仕組みを創る(ロールモデルを構築する)
- コミュニティを育てる
- (超高齢社会でも存続し続けることができる)地域の文化・風土を
醸成する
筆者の勝手な考え方が入ってしまったかもしれませんが、これから高齢
化した街を就業というアクションを通じて活性化していく。
それも継続していくことが重要であると考えます。
その継続こそが最近流行りの言葉「サステイナブルシティ(タウン)」
につながるのではないでしょうか。
今回のプロジェクトで中心的な存在になった東京大学が地域住民への聞
き取り調査を継続する中で、最も多い(群を抜いていた)のは、「就労
の場が欲しい」という意見だったそうです。
その背景には、「働きに出る」というライフスタイルは最も慣れ親しん
だライフスタイルであって、
明確な外出目的になること、
就労の場では明確な自分の役割(居場所)が与えられること、
また僅かでも年金にプラスされる収入を得ることができ、生活にゆとり
も増えることを望む意識がある
と、今回のプロジェクトにおいて、中心的な役割を担ってきた東京大学
高齢社会総合研究機構の辻 哲夫教授の報告書には記されていました。
筆者はこの報告書を読んで、「きょういく」と「きょうよう」という言
葉を思い出しました。
筆者もリタイヤ後にはとても重要になる言葉だと思っています。
「きょういく」は、教育ではなく、「今日、行くところがあること」
「きょうよう」とは、教養ではなく、「今日、する用事があること」
セカンドライフステージを迎えられた方々が、「就労の場が欲しい」と
おっしゃられるのはとても理解ができます。
就労は、「きょういく」と「きょうよう」いずれも実現させることがで
きるのですから。
このプロジェクト、地元の自治体である柏市の先進的な取り組みも凄い
と思いますが、やはり大学の役割がとてつもなく大きいと感じました。
大学にはもっと可能性があるのではないでしょうか。
研究の領域を超えた成果を生み出す力があると思います。
大阪の泉北ニュータウンの記事でもご紹介したように、地域の多くの大
学が大きな役割を果たしていました。
地域の活性化には大学の存在が不可欠といってもいいでしょう。
高齢化だけではなく、少子化の影響で生徒の数が減り、多くの大学が
経営難にあるという情報が流れています。
大学にとっても地域貢献はその課題解決になる可能性も秘めています。
特に地方の大学にはその期待はさらに大きくなるのではないでしょうか。
そして地域の課題解決を学んだ学生が増えれば増えるほど超高齢化に対
応する力も増えていきます。
これからも教育という役割を大きく超えた、社会に大きく影響を及ぼす
大学が増えていくことに期待したいと思います。
この巨大な団地を舞台にしたプロジェクトは、これで終わりではありま
せん。
セカンドライフ就労の次は、
「21世紀の医療・介護・福祉のかたちを考える」
取り組みが既に始まっています。
国が進める地域包括ケアシステムの実現に向けた取り組みが、もうこの
団地で始まっているのです。
その取り組みについては、また別の記事でご紹介をしてみたいと思いま
す。
画像素材:フォトサリュ 寂しく公園を散歩するより就労が一番
お勧めの書籍
柏プロジェクトの中心的存在である東京大学高齢社会総合研究機構の
辻先生と機構の先生方が、地域包括ケアシステムについてとても分かり
やすい書籍を出版されています。
国が考える地域包括ケアシステムの本質が理解できるとても良い本です。
ご興味のある方は是非手に取ってみてください。
最後に、柏プロジェクトの今後の展開も含めたわかりやすい図がありま
したので、ご紹介をして今回の記事を終わりたいと思います。
(IOGは東京大学高齢社会総合研究機構の略です)
出所:長寿社会のまちづくり ~柏市・東大・URの取り組み~
ホームページから抜粋
今回の記事も最後まで読んでくださり、感謝申し上げます。