エイジングインプレイス Part2
エイジングインプレイスPart2では、高齢者施設に入らず住み慣れた自
宅・地域に住み続ける為の方策をご紹介してみたいと思います。
まず、最初は自宅のリノベーションからのご紹介ですが、その前にその
リノベーションの対象となる自宅にどれだけの危険が潜んでいるのかを
明らかにしておきたいと思います。
リノベーションの意味は、別の記事でご説明しますが、ここではリフォ
ームよりも規模の大きい改修工事と思っておいてください。
日本人の死亡要因
下の図は、2010年に厚生労働省から発表された『人口動態統計』か
ら日本人の死亡要因をまとめたものです。
上位にはがんをはじめとする代表的な疾患が名を連ねていますが、注目
したいのは、6位の不慮の事故です。
この不慮の事故は交通事故や自殺者の数を上回っています。
そしてこの約4万人の事故死亡者の内、高齢者が多くを占めています。
驚くべきことは事故が起こっているのは外出先ばかりではなく、その多
くが自宅内でも発生しているという事実です。
高齢者の事故の内、もっとも多いのは、お風呂やトイレでのヒートショ
ックです。
どのような事故かは、ネット上でも多くの注意喚起を促すサイトがたく
さんありますのでご参照頂ければよくわかるのですが、特に寒冷期に寒
い脱衣場と熱いお風呂の温度差によって心筋梗塞や脳梗塞等の血管障害
を起こし、それが湯船の中で発症する為に結果として溺死するというも
のです。(関連記事に図を掲載しています)
出所:http://tmaita77.blogspot.jp/2011/12/blog-post_13.html?m=1
続いて家の中での転倒事故が続いています。
それも階段とか段差のある危険なところではなく、居間や寝室といった
一見安全と思われる場所での転倒事故です。
体が弱くなると何でもないところで躓いたり、体のバランスを崩して怪
我をします。
特に子供を産み骨が弱くなりがちな女性は、高齢になると多くの方が家
の中で転倒し、骨折しています(骨折部位としては特に多いのが大腿骨
です)。
足の骨折が原因で動けなくなり要介護になるというパターンが非常に多
いのが現実なのです。
このように若いころは何でもない自宅の設備で、加齢により体が弱ると
怪我や大きな事故を起こす危険性が急増します。
元気で体が動くうちに家の中を体が弱っても事故や怪我が起きにくいし
つらえに改良しておくことはとても大事なことなのです。
自宅のリノベーションの必要性
(弱っても住める自宅の強靭化)
ポイントは、いかに要介護状態にならないかです。
怪我をしても重症化しないしつらえ、そして事故を未然に予防するしつ
らえを施すことが重要です。
「ぬか漬け」「良い住宅」と覚えてみてください
その環境整備の結果、心身が多少衰えても自立できる生活環境が出来上
がります。
この環境整備は、高齢になっても元気に働くことにつながりますし、介
護負担を減らし社会保障費を軽減することにもつながります。
住み慣れた自宅で自立した生活を送る為にも、自宅のリノベーションは
有効です。
バリアフリー化等の工事は国や自治体の補助金も受けることもできます。
以前、筆者は自宅のリノベーションについて、高齢期の方々を対象にア
ンケートをとったことがあるのですが、死ぬ迄自宅で過ごしたいという
単純な願望とは別に、意外にも2つの理由でリノベーションを考える人
が少なくありませんでした。
理由その1 妻(奥様)の老後を心配して
平均寿命をみてもわかるように女性より、男性の方が先に死ぬケースが
多いため、旦那様が残された奥様の為に少しでも自宅で過ごしやすいよ
うにしておきたいとの意向を持っていたのです。
推計では2025年には40%もの世帯が単身世帯になるという予想が
出ています。
心身の衰えは男女ともに70歳を超えたころから始まるケースが多いので
すが、男性が比較的急速に衰えるのに対して、女性はだらだらと心身の
機能が低下していきます。
女性の単身世帯では長い期間を経て家の中に多くの危険を抱えることに
なるのです。
残された奥様の為に自宅内をより安全にしておきたい。
長い結婚生活きっといろいろなことがあったと思いますが、自分が最後
を迎える前に奥様の為に環境整備をする。
筆者は、これをとても男らしく、長年連れ添った相手に対する本当の思
いやりだと思いました。
理由その2 自身のリスクを回避するために
自宅のリノベーションを考える方の中には、自身の健康に不安を抱える
人が多かったという事実があります。
過去に軽い心筋梗塞を起こしたり、脳梗塞で病院に搬送されたが手術を
回避して何とか回復したり、施術によって健康を取り戻した方たちです。
これからのさらなる高齢化に向けて、自身の抱えるリスクを少しでも軽
減できるのであればとリノベーションを希望する人は少なくありません
でした。
実際公的機関が、平成12年度と17年度に調査を実施したところ、自
宅を改造して住み続けたいと考える人が増えているのです。
筆者は一度にリノベーションをしなくてもよいと考えています。
リノベーションは段階的でも良いのです。
心身の変化の状況をみながら、そして普段の生活の中で危険を感じてヒ
ヤリとした時に少しずつだけでもリノベーションしていくことで、実際
に心身が弱った時には自立生活できる期間を延ばすことができます。
お勧めの書籍
しかし、リノベーションの全体像はあらかじめイメージしておくべきで
す。
そのための情報は既にたくさん存在します。
既に多くの研究者や企業、地域を支えるNPOが取り組んでいますので、
ご興味のある方はご参考にしてみてください。
その中でも、大阪市立大学の森先生の書かれた本はとてもよくできてい
ます。是非一度目を通してみてください。
また、先日森先生のご紹介で、東京大学で行われた興味深い書籍の出版
記念セミナーに筆者も参加してきました。
東京大学や横浜国立大学等の先生方との共著でエイジング・イン・プレ
イスの最近の動きがとてもよくわかる書籍ですので、合わせてご紹介し
ておきます。
予備軍も含めた高齢期の方々が保有する家屋の活かし方がよくわかる内
容になっています。
この書籍の内容は家屋や地域の施設の福祉転用ですが、どのように家屋
や地域の設備を活用していくのか大いに参考になりますのでお勧めして
おきます。
また、別の視点で考えるとこのリノベーション、資産としての家の価値
を上げることも可能だと考えられます。
多くの場合、親の家に親が住んだ後に、子供世帯が住むことはあまり多
くありません。
その理由はここでは触れませんが、その場合、親の家屋は住み手のない
空き家となってしまうケースが増えているのです。
実際この空き家問題は大きな社会問題に発展しつつあります。
(「空き家」問題については、別の記事でご紹介する予定です)
しかし、高齢者向けにリノベーションされた住宅であれば、住む人が
いなくなった後も他の高齢期を迎えた方々を中心にその需要は増える
可能性があります。
子供が親の家の処分に困らず、価値を持ったまま売却できる可能性も増
えるのです。
あくまでも理想ですが良い家は手入れをすれば30年を超えて使えます
そう考えると、全国的に大きな問題になりつつあるこの空き家問題も解
決できる可能性があると筆者は考えています。
そしてこのリノベーション、大学の研究者ばかりがやっているのではな
く、多くの建築家も取り組んでいます。
今後もリノベーションについては、皆様にいろいろな事例を通してご紹
介を続けていきたいと考えています。
また、このリノベーションの考え方は、国としての設計指針が出ていま
す。
ご興味のある方は一度下記の書籍をご覧になってみてください。
とても細かくて見るのがつらい面もありますが。
筆者が考えるリノベーション(ご参考)
最後に筆者が考えるリノベーションについて概略のみ示しておきたいと
思いますので、参考にしてみてください。
バリアフリー化や手摺の設置はできる限りで実施するものと判断しており、記載はしていません。
玄関 | ●段差を苦にしない玄関のしつらえ 踏み台設置や靴の履き脱ぎの為のベンチの設置、座れるシューズボックスやスライドベンチ付きシューズボックスが既に販売されています。 ●簡易昇降機の設置(国内・外国製品ともに多くの種類が販売されています) ●段差をわかりやすくするためにタイルの配色を変更することも有効です ●高齢者用にゆっくり閉まるドアの設置も効果があります |
リビング | ●動線を確保する為にふすまや扉の撤去(車椅子でも移動可能なスペースを確保) ●取り出しやすい収納、高所にある収納を撤去して低所に配置 ●転倒しないための電気配線(電気コンセントの位置に工夫) |
ダイニング | ●高所保管が存在しない仕組み、高所でも簡単に取りやすい場所にスライドする仕組みを採用する ●直火が存在しない仕組み(ガスから電気へ) ●座ったままでも調理ができるしつらえ(北欧では当たり前にやっているそうです) |
トイレ | ●介護が必要になった時にでも便利なスペースの確保 |
お風呂 | ●入りやすい仕組み(引き戸やローリングドアへの変更) ●人感センサーを活用した照明・扉(引き戸)制御、ヒートショックを予防する温度管理 ●転倒しないしつらえ・手摺と手摺以外の体を支持できる仕組みの整備 ●非常時対応(緊急コールシステム) ●浴槽の縁の高さを調整する(入りやすいように低くする) ●蛇口の高さを変える、ドアノブの変更(操作しやすく 丸形ノブ=>レバーへ) |
洗面台 | ●座って使えるしつらえ(もう専業メーカから販売されています) ●お風呂に入らなくても洗髪ができるように洗面器は大きなものにする ●電気コンセントの位置や水栓の位置に配慮(低く、横向きにする) |
階段 | ●簡易昇降機(国内・外国製品:但し設置できない場合がある) ●転倒しても大けがをしないしつらえ |
筆者の考える上記のリノベーション例はあくまでも一部にすぎません。
心身が弱くなる前にやっておくことはたくさんあります。
例えば生活の範囲をコンパクトすることです。
寝室や居室と浴室やトイレ、洗面所等の水回りとの距離をコンパクトに
しておくことも重要です。
高齢になるとトイレが近くなりますが、夜トイレに行くときも動線を短く
しておくことにより、リスクを最低限に抑えることができます。
それだけでなく移動距離が短くなることは、心身が弱っても移動する意
欲を維持することができるメリットもあります。
これらはかなりの規模のリノベーションになる為、金銭的な負担もあり
ますが、介護状態になる時期を少しでも遅らせ、自立生活をする「健康
活動年齢」を延ばす効果もあります。
当然のごとく自宅で介護が必要になった時も非常に便利で家族の負担を
軽減することができます。
また、高齢者住宅において先進国である北欧の高齢者住宅では、水回り
が広いスペースの中に一つになっているケースが多く、本人の利用の利
便性だけでなく、介護が必要になった時にもとても機能的に活用するこ
とができます。
これらの海外の取り組みも大いに参考にすべきではないかと考えます。
この家屋内の移動距離を短縮する考え方は居室とトイレ・お風呂の関係
だけでなく、外出時や家事の負担を軽減する等いろいろなところに応用
できます。
ご自身の心身が弱った時にどう対処するのが一番良いのか普段から考え
ておくことが効果的なリノベーションにつながります。
また、別の理由で自宅のリノベーションを実施されるときには、将来の
ことを考慮しておくこともとても大事なことだと思います。
機能面だけでなくQoL(生活の品質)を上げる
多くのリノベーションの実施例を見ると機能面だけでなく、
四季の移ろいを感じさせるもの、
子供や孫と触れ合う仕組みが施されているもの、
過去の良い記憶を蘇らせるもの等、
生活の品質(QoL)を向上させる仕組みが入っているものが多く、筆者
は感心させられました。
リノベーションはこのQoLの維持向上という視点を盛り込みながら、し
っかりと自立生活ができるプランを立てることから始まるのではないで
しょうか。
人はそれまで自分でできていたことができなくなると、喪失感や不甲斐
なさを感じるそうです。
食事等も簡単に外部に頼るのではなく、作れるのであればリノベーショ
ンで便利になったキッチンとダイニングを使って自分でつくる癖をつけ
るのも大事なことだと思います。
今回の記事は少し長くなりましたが、もう既に大学の研究者や地域の
建築家、事業者の方々がこの課題に取り組んでいます。
もっとこのリノベーションの効果を知って頂き、今後も急速に高齢化し
ていく地域を少しでも安全なものにしていけるお手伝いが出来れば幸い
です。
今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。