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平和を考える

2022年05月07日
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コロナは高齢期の生活を一変させてしまいました。

 

家や施設から出ることができなくなり、健康と社会性を同時に失う高齢
者が増えています。

 

コロナで変わってしまった社会に、今度は戦争という辛くて悲しい脅威
が襲いかかってきました。

 

ウクライナの状況を見ていると絶望感すら感じます。

 

人生100年の内の多くをこんな環境下で過ごすことになれば希望の光
はどこかに消えてしまいそうです。

 

この日本でもウクライナでの戦争の影響が出てくる中、筆者は先日地元
にできた戦争資料館に足を運んでみました。

 

 

戦争の悲惨さに言葉を失う

 

 

最近地元(兵庫県)の加西市に開館した「soraかさい」に向かったのは
4月中旬で気温が25度近くまで上がった暑い日でした。

 

筆者の家から車で西へ約30km。

 

田園風景の中にちょっとした工業団地があり、その一角に資料館はあり
ました。

 

 

 

soraかさいの全景 筆者撮影
遠くからでも展示されているゼロ戦のシルエットが硝子越しに見えます

 

 

元々この地に旧日本軍の戦闘機(ゼロ戦)の組み立て工場と飛行場があ
った関係で、ここに資料館が設けられたようです。

 

インターネットによる予約制で、コロナの影響で蜜を避けるために1時
間に入場者が100人程度になるよう限定措置がとられていました。

 

筆者が見学した時間帯に館内で見学していた約30人の内、その殆どが
高齢のご夫婦でした。

 

きっと前の戦争の後の混乱期に生まれた方が多いのではないかと感じま
した。

 

戦争の直接の記憶は無いものの、きっと親から戦争のことを聞かされて
育ったのだと思います。

 

そして、ウクライナ戦争がきっかけで、ここに訪れたのだと…

 

なぜそう感じたのかというと、見学者の殆どは戦争の悲惨さを残す資料
コーナーに長く滞在していたからです。

 

この資料館、入り口から入るとゼロ戦2機が展示されているのが目に入
ります。(紫電改と艦上攻撃機が実物大で展示されています)

 

 

 

soraさかい展示場内部 筆者撮影
地上に紫電改、天井から艦上攻撃機が吊り下げられていました
全長・全幅とも10m、こんな大きなものだとは思いませんでした

 

 

このゼロ戦の展示ブースの奥に資料館があるのですが、そこにたくさん
の入場者が熱心に見学されていました。

 

 

若者の命

 

 

展示の中心は当時の特攻隊の状況を通して戦争の悲惨さを紹介したもの
でした。

 

筆者も知らなかったのですが、神風特攻隊の正式名称は「かみかぜ」で
はなく、「しんぷうとくべつこうげきたい」だそうです。

 

この地で完成したゼロ戦に乗り、九州経由で戦地へと向かい、命を落と
した若者の数は2500人を超えたと記されていました。

 

その殆どが、10代後半から20代前半の若者です。

 

彼らは戦争がなければ、どれほど社会に貢献できたでしょう。

 

 

 

soraさかい資料展示ブース内の展示物 筆者撮影
軍服を若者に着せるようなことにならないことを祈るばかりです

 

 

特攻出撃前に若者が残した遺文にも絶句してしまいました。

 

その中に、足と目が釘付けになった文章があります。

 

 

― 私の突っ込む時は必ず

――― お父さん、お母さんと

――――― 叫んで突っ込みます ―

 

 

この国は、もうこれ以上若者を粗末に扱うべきではないのだと強く感じ
ました。

 

 

soraさかい資料展示ブース内の展示物 筆者撮影
展示内容を忠実にお伝えする為にあえて氏名を隠していません

 

 

非正規・貧困・コロナ・自然災害、そして戦争と、人生100年を自分
らしく生きていくことが本当に難しくなってきました。

 

しかし、自分らしく生きていくことを諦めてはいけません。

 

成功する秘訣は、成功する迄諦めないことです。

 

敵の姿を正確に把握して、対抗策を見出すしかないのです。

 

その為にも知る事はとても大事なことです。

 

知る事の大事さを理解することこそが本ブログの目的の一つでもありま
す。

 

今回の見学は筆者にとって大きな知識となりました。

 

読者の皆様も人生100年を自分らしく生きていく為の大事な要素の一
つでもある平和について是非考えてみる機会をつくってみてください。

 

自分のこと、家族のことを今以上に考える機会になることでしょう。

 

 

今回の記事も最期まで読んでくださり、ありがとうございました。