生きているから悲しいのか
今年も、もう9月になりました。
連日の酷暑で9月とはとても思えませんね。
9月は頭からイベントが目白押し…
1日は防災の日、
そして、子供たちも新学期を迎えています。
そんな中、9月1日は小中高の子供たちの自殺が一番多い日なのだそうです。
小さな子供たちでも生きづらさを感じる社会になってしまいました。
とても残念なことです。
大きな入道雲が現れると雷雨になるというパターンの繰り返しです
とにかく暑いです…
筆者の孫(小学校4年)も、今年から子供用の携帯電話を持つようになりました。
時々、ショートメッセージ(いつも絵文字付きです)が入ってきます。
ほのぼのとする一面、心配事もたくさんあります。
とても便利な時代ですが、SNSによる誹謗中傷の被害が拡大するばかりで、その影響を考えると本当に心配です。
「つぶやき」
としてスタートしたSNSも、なにやらおかしな方向に進んでいる面もあります。
社会の一員であるという自覚のようなモノが消えてしまったようにも感じています。
便利になった反面、とても生きづらさを感じる時代…
そんなSNSの問題点を解決するために禁止令を出した国が、大混乱に陥っていました。
その国の政府は、フェイクニュースやヘイトスピーチ、オンライン詐欺に対処する為にとった策だったようです。
結局、禁止令の翌日に撤回することに…
ある意味、難しいことが増えすぎてしまったようにも感じてしまいます。
素晴らしい童謡
そんな難しい時代、もっと優しくメッセージを伝える方法もありそうです。
それは歌かもしれません。
テレビやネットで流行っている歌以外にも素晴らしい歌があります。
前回の記事でもご紹介したアンパンマンの作者である「やなせたかし」さんは、多くの歌詞を残しています。
作曲家の「いずみたく」さんとも仲良しで、コンビを組んで、多くの歌を残してくれているのです。
その中には、高齢期の皆さんが小学校の時によく歌った童謡(唱歌)もあります。
『手のひらに太陽を』
という曲を皆さん覚えていませんか。
子供の頃、この歌を聞いて自分の手のひらを太陽にかざしたことはありませんでしたか?
きっと、歌詞が無くても歌えます。
「ぼくらはみんな 生きている」
「生きているから 歌うんだ」
「ぼくらはみんな 生きている」
「生きているから かなしい(悲しい)んだ」
この歌詞は、曲の1番の始めです。
曲の2番では、この悲しいという部分が変わります。
「生きているから うれしい(嬉しい)んだ」
筆者はなぜ、1番が悲しいのか疑問に思いました。
うれしい(嬉しい)が1番じゃないんだ…
いろいろと調べてはみましたが、結局これだというものは見つかりませんでした。
こんなに暑いと避暑地に行ってみたいと思いますね
でも、ある音楽学校のブログにこの歌詞の面白い解釈が載っていたのです。
さすが音楽学校、こんな風に歌ってほしいという願いがこもっていました。
「生きているから」が、大事なのだそうです。
歌うんだ ⇒ (生きているから)歌という行動を起こせる
生きているからこそ、
かなしい(悲しい)んだ ⇒ (生きているから)感情を持つことができる
悲しいことも嬉しいことも、生きているからできるといことでしょうか…
感情を持つということは、生きている証拠であると…
この有名な童謡(唱歌)のテーマは、「生きている喜び」なんだということがわかりました。
戦争を体験して、戦争が大嫌いなやなせたかしさんが、この歌に込めた想いが理解できたような気がしたのです。
この生きている証拠が、この曲の歌詞の続きに具体的に存在します。
「手のひらを太陽に すかして(透かして)みれば」
「まっか(真っ赤)に流れる ぼくの血潮」
やなせさんの『子供たちに生きている喜びを感じて欲しい』という想いが伝わってくる歌詞が続いているのです。
生きていることは、とても価値のあることなのだと…
この歌は、筆者が生れた1960(昭和35)年の翌年、1961年に発表されました。
戦後復興がようやく落ち着き出した頃の曲です。
まだこの国が貧しく、以前の記事でもご紹介したように、子供たちが多くの困難を抱えていた時期に発表されました。
そういう意味では、とても価値のある曲なのだと思いました。
都会に住んでいる子供たちは、オケラやアメンボを見たことがないのかもしれませんね
そしてこの曲には、もう一つよく考えないとわからない部分があります。
それは曲の後半部分にあります。
「ミミズだって オケラだって アメンボだって」
「みんなみんな 生きているんだ 友だちなんだ」
筆者には、虫たちにも命があって、生きているんだから大事にしないといけないんだというメッセージとして伝わってきました。
でも、それだけでは不十分なようです。
戦争でたくさんの命が奪われたことから、我々は何を学ぶのか…
やなせさんは、虫たちを友達として表現しています。
自分と関りを持つ者は、全て「友達」なんだと…
「友達」
この友達、SNSの原点ともいえる考え方だった筈です。
その原点が、どこかでねじ曲がってしまったのかもしれませんね。
SNSの時代に、自分の周りの他者とどう関わっていくのか…
自分とは違う他人にも命があることを理解すれば、誹謗中傷がどれほど問題のあるものかが理解できる筈です。
いまから60年以上前に発表されたこの童謡から学ぶことはたくさんありそうです。
生きていることが悲しい社会にならないことを願うばかりです。
今回の記事は、子供たちの自殺が過去最大になったという情報から想うところを記事にしてみました。
やなせたかしさん、凄い人ですね。
読者の皆様、やなせさんの言葉を記した記事を一度読んでみてください。
今回の記事も最期まで読んでくださり、感謝申し上げます。





