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首都圏が危ない

2019年04月14日
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■60歳を前にして手痛い経験

筆者は先日59歳の誕生日を迎えました。

ただ、誕生日を前にした頃から胸に違和感を覚え始め、病院に行くと、検査➡入院➡手術となってしまいました。

10年ほど前に実弟の死で、人の命には限りがあるのだと知りましたが、今度は自分の命にも限りがあるのだと思い知らされたのです。

入院は3泊4日でしたが、心臓の血管にカテーテルを入れるという手術を受けました。

人は自分の命に限りがあることを知った時に、真剣に物事を考えるようにもなるし、真摯になれることを実感することができる数日間でした。

■医療の仕組みに対する不安

筆者は今回の一件で、この国の医療の仕組みについてとても不安を覚えました。

それは、最初にCTによる心臓の血管造影検査を受けて、危険な状態であることを知ってから直ぐに入院ができなかったからです。

検査の結果を持って主治医のところに行って、紹介状を書いてもらい、入院・手術ができる病院に辿りつけたのは、CT検査から一週間後でした。

薬はもらっていましたが、症状が出るたびにビクビクしながら生活しなければならなかったのです。

大きな病院に行った翌日には入院となりましたが、とにかく時間がかかり過ぎです。

 

もう一つ大きな病院に行って感じたことがあります。

とにかく人(病人)が多いと正直感じました。

朝8時過ぎに病院に着きましたが、もう既に数百人の来院者がいました。

座る席をみつけるのが難しい状況だったのです。

病院ではまず血液検査を受けたのですが、システムにもビックリです。

まるで銀行のように番号札をもらって、待つこと30分。(30人待ちでした)

銀行のように多くの窓口があり、窓口の脇には番号表示器があり、順番がくると呼び出されます。

 

とにかく首都圏は人が多いのです。

地方の人口が減少していく中で、首都圏は人口が増加してきました。

首都圏はその人の多さゆえに多くの恩恵を受けてきたともいえます。

しかし、これからは違うのかもしれません。

人が多いことによって、逆に大きな課題が発生する可能性もあるのです。

筆者が今回直面したこの医療の仕組みによる課題もその一つかもしれません。

画像素材:フォトサリュ

■衝撃的な記事

筆者は1年半ほど前、新聞の朝刊を見て衝撃を受けたことを今でもはっきりと覚えています。

2017年7月2日の日本経済新聞の見出し一面には、その前日に行われた都議会議員選挙で自民党が大敗したことが大きく取り上げられていました。

その記事の陰で、筆者が衝撃を受けた記事が掲載されていたのです。

本来であれば一面大見出しでも不思議ではないその記事は、「老いる首都」と題して首都圏の高齢者が300万人を超えたことがある意味で衝撃的な形で伝えられていたのです。

300万人と簡単に言うわけにはいきません。

300万人は政令指定都市上位の大阪市の総人口よりも多いのです。

筆者はこの記事を見て、すぐにある「問題」が頭に浮かびました。

それは、今年年初に投稿させて頂いた「2025年問題」です。

2025年問題とは、1947~49年の「第1次ベビーブーム」で生まれた「団塊の世代」が、75歳以上となる2025年頃の日本で起こるであろう様々な問題のことを指しています。

 

1947~49生まれは約700万人ですが、広義で団塊の世代を表した場合、1947~51年生まれとしては1000万人超となります。

 

日本の人口ピラミッドを見ても明らかに世代別のグラフの割合がそこだけ突出しています。下図に総務省統計局が発表した平成27年(2015年)の国勢調査結果を集計した人口ピラミッドを示してみました。

日本の人口ピラミッドは、もうピラミッドとはいえません。

いびつなその形は釣り鐘型とも呼ばれていますが、上部の一番突出した部分が団塊の世代ということになります。

この飛び出た部分は、長寿化とともに上に上がり続けます。

次の国勢調査の結果はほぼ予想はできますが、特にグラフ右側の女性はほぼこの形を維持し続けながら上昇していくことになると予想されています。

明らかに社会保障費は増え続けるのです。

そして、その反面で社会保障費を支える釣り鐘の下部にあたる若い世代はどんどん細っていくのです。

 

現在、日本の高齢化率は28%を超えて4人に1人が高齢者となっていますが、2025年以降は、75歳以上の人口が全人口の18%を超えて2179万人となり、日本人の5人に1人近くが後期高齢者になる超高齢社会が到来することになります。

以前の記事でご紹介した高齢化の「深さ」がまさに急ピッチで進行しているのです。

資料出所:「平成27年(2015年)国勢調査(抽出速報集計)」(総務省統計局)

■大都市圏で増え続ける後期高齢者

特にこの現象は、大都市圏で顕在化する見通しで、全体の後期高齢者の増加分における約半数は、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、愛知の6都府県に集中しています。

このままでは、首都圏で大きな問題になることは間違いありません。

今まで経済効果や利便性という面で恩恵を受けてきた首都圏が、一極集中のつけを払うことになるかもしれないのです。

 

厚生労働省が推計した生涯医療費の推移を見ると、医療費は後期高齢期にあたる75~79歳でピークとなり、70歳以降に生涯の医療費の約半分がかかるとされています。

加えて要介護になる可能性は75歳から急上昇するといわれており、今後、医療、介護、福祉サービスの担い手等の受け皿不足は一層深刻化することになります。

内閣官房の推計では、2025年には病院のベッドが約17万床不足するとされています。

この記事の冒頭でご紹介した医療の課題と合わせると、「病院で診てもらえない」、「診てもらうのに長い時間がかかる」、「入院ができない(入院待ち)」という課題も出てきそうです。

子育て中のお母さん方は保育園待ちですが、高齢期に入って身体が弱った人が入院待ちをしなければならないような事態も想定しておかなければならないのかもしれません。

 

問題は医療だけではありません。

厚生労働省の発表では、2025年度に介護職員が約253万人必要になるのに対し、供給の見込みは約215万人で、37.7万人も不足するというのです。

もう一つ付け加えると、2025年には首都圏の介護施設の不足が深刻化することを有識者会議が既に指摘しているのです。

こんな状態の中で、2010年時点で498万世帯だった1人暮らしの高齢世帯は、2025年には700万世帯に増えると予想されています。

この単身高齢者の方々の受け皿が問題になるわけです。

■2025年までに準備しておくこと

筆者がこの記事の表題に使った表現は決して脅しでもなく、このままいけば現実となります。

この状態をなんとかリカバリーするためには、高齢期に入る人々が適切な準備と対応を実施することが重要になります。

  • 社会に参加し続けながら、健康自立年齢を少しでも引き上げること
  • 心身が少し弱っても住み慣れた自宅や地域で自立した生活ができるように周りの協力も得ながら環境を整備しておくこと
  • 核家族化で一旦は離れてしまった親族との絆を少しでも取り戻すこと。

これらをいかに実現しておくかが重要になってくるのです。

筆者はまさに首都圏は、この国が超高齢化社会をどのように生き延びていくのかの実験場であると感じています。

首都圏でのノウハウは必ず地方でも活かされるはずです。

そして、このノウハウはこの国が生き延びていくためにもとても大事なものなのだと、筆者は考えています。

 

国立社会保障・人口問題研究所の統計によると、社会保障給付費は年々増加しており、少し古いのですが2014年度時点では過去最高の112兆1020億円となったそうです。

急速な高齢化により、社会保障給付費は今後も増加の一途をたどり、財務省によると、2025年にはなんと149兆円と、その伸びは国内総生産(GDP)の伸びをはるかに上回る見通しだそうです。

先月ようやく承認された2019年度国家予算は初めて100兆円の大台に乗ったことがマスコミで驚きとともに伝えられていました。

この149兆円という数字はこの国家予算をはるかに上回ります。

この社会保障費の伸びにストップをかけることができるのは、高齢期に入った方々の生活をイノベーションするしかありません。

 

この高齢期に入った皆さんの生活のイノベーション、効果は社会保障費の抑制だけではありません。

この国の景気対策にもなりえるのです。

戦後最長になるかもしれないと騒がれた安部政権下の好景気も国民からは全く実感のないものと受け止められています。

これは長年続く消費の低迷にも象徴されています。

この状況を打破していくために、筆者が最も効果が高いと考えているのが、高齢者の保有する資産を消費に回すことです。

そのためには、年金だけに頼らない、高齢者の将来の不安を払拭する為の所得増が必要です。

それを実現させる方法は、高齢期になっても積極的な社会参加をすることなのです。

多様性の時代、どのようなイノベーションが存在するのかは未知数ですが、このイノベーション何が何でも成功させねばなりません。

それもまずは首都圏から。

 

今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。