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定年ゴジラ

2020年01月29日
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定年本

 

定年本が随分とたくさん出版されています。

記事でも度々ご紹介している大江 英樹さん以外にもたくさんの作家や
コラムニストの皆さんが本や記事を書いています。

本の中身は、定年後の生き方と定年前の準備について書かれたものが
殆どです。

そんな中で多くの作家の皆さんや研究者の皆さんに影響を与えている
本があります。

定年後の生き方や、定年前の準備について書かれたものではなく、
定年したオジサンたちを主役にした物語(小説)です。

 

その本の名前は「定年ゴジラ」。

 

直木賞も受賞されたことがある著名な作家、重松 清さんが2001年に出された小説です。

東京郊外のニュータウンを舞台に高齢化していく街とそこに住む企業を
定年したオジサンたちを描いた物語ですが、ある意味高齢化していく街を
リアルに予言した書物(予言書)であるとも言えます。

この小説が発刊された2001年よりも、これからの方がより現実味を帯びる
内容になっています。

筆者は最近難しい本ばかり読んでいて、小説等読んでいなかったので、
この本を読ませて頂いて、とても斬新な感じがしました。

まさにこれからこの国のあちらこちらで起こることを予言した書物でした。

でも本の中には、なるほど!と唸らせる場面や表現がたくさんあって、
重松先生はどのようにこの本をつくっていったのか興味が湧きました。

今回の記事は少し趣向を変えて、難しい話は一切抜きにしてこの本で
興味を持った部分をご紹介してみたいと思います。

(あくまでも個人の感想です)

 

画像素材:フォトサリュ

 

定年は会社を辞める時だけではない

 

この本を読んで、定年という言葉は会社を辞める時だけに当てはまるものではないことが理解できました。

親子にだって定年はあるのです。

子供もいつかは巣立っていきます。

そしていずれ親ではなく、おじいちゃんやおばあちゃんになる。

そして伴侶の死で夫婦の定年を迎える。

人間は、個人差はあるものの大体60歳を超えると死を意識することが
多くなるようですが、そのころから夫婦もお互いの死について考える
ことになるのかもしれません。

 

定年ゴジラでは、こんな表現で綴られていました。

 

“片割れの死で終る夫婦の歴史は幸せだ

遺された方は相手のいい思い出ばかりを辿っていける

離婚だとそうはいかない

すべての思い出を悪いほうに悪いほうに考えてしまうだろう“

 

今は、3組に1組が離婚する時代となり、夫の定年を機に離婚する
夫婦も多いようです。

筆者ももうすぐ定年。
少なくとも、50歳過ぎまでは会社人間でした。
嫁さん(家族)を大事にしていたかどうか?
でも、離婚という夫婦の定年の在り方には少し問題があるのかも
しれないと感じました。

本の中に、

すべてを許してくれる人がいるんだと信じていられる場所が故郷だ

という一節がありました。

都会に住む人間にとって、故郷というものが明確にないことも
多いのではないでしょうか。

それが、自分の家であることはとてもいいことなのではないかと
思いました。

そこ(自分の家)が、本当の居場所なのかもしれません。
でも、定年したオジサンの居場所は大抵家ではなさそうです。
それは、今まで家族を顧みなかった罰かもしれません・・

家の中に、すべてを許してくれる人がいるのかどうか・・・

そういう意味では、会社の定年を考える時、夫婦にも定年があるのだと
いうことを認識することは、とても良いことではないかと思いました。

 

定年は、夫婦の関係を考える良い機会なのかもしれません。

 

夫婦もいずれ老います。

住んでいる街とともに。

夫婦にも良い老い方があるのではないか。

そして街にも良い老い方があるのではと。

 

このブログでは夫婦の老い方には言及できないかもしれませんが、
街の良い老い方については今後も研究していきたいと考えています。

 

画像素材:フォトサリュ

 

人生100年を考えるということは

 

定年ゴジラという本は、このブログの表題にも書かれた

「人生100年をどう生きていくのか」

という命題を考える意味でもとても参考になる本だと感じました。

筆者は本を読み終えた後、下記に示したことが大事ではないかと
考えました。

 

①自分の(あらゆる)定年を考える

②自分のセカンドライフを真剣に考える

③自分が死んだ後のことを考える(遺された人の為に)

 

若いうちからすべてのことを考えることは難しく、想像すらできない
かもしれません。

でもいつかは考えないといけなくなるのです。

 

今回の記事も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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