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改革先進国ドイツと日本の違い(1/3)

2020年05月22日
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今回の新型コロナウイルスの被害は全世界に広がり、甚大なものになって
います。

感染者数や死者数ではアメリカが一番の被害者ではありますが、国という
単位ではなく地域としてみれば、ダントツで欧州の被害が大きい。

その欧州の中で、日本と並び被害を少なくできている国がドイツです。

ドイツは日本に先行して、外出自粛や経済活動の制限を解除しました。

筆者はなぜドイツが他の国と違った対応ができるのか関心を持ちました。

今回の記事では、前回の記事の最後でも少し触れたドイツの改革について
記事にしてみたいと思います。

 

かつては欧州の病人

 

 

ドイツでは皆さんも記憶に残っているベルリンの壁の崩壊で、東西に分か
れていた国が統一されました。

1989年の事なので、もう30年にもなります。

東西統一を行い、西独マルクの約10分の1の価値だった東独マルクを
等価交換し、西独に比べ生産性が約3分の1の東独2000万人の国民を
抱え込んだドイツは統一当初はとても苦しい状況だったようです。

ドイツの経常収支は統一翌年に赤字に転落し、2000年代のはじめまで
一貫して経常赤字を計上していました。

まさに暗黒の10年といっていいかもしれません。

東西統一に伴って経済が混乱する中、遅れていた旧東ドイツ側に巨額の
財政支援を行った結果、需要が拡大して輸入が急増したことなどが赤字の
要因とされています。

景気が大きく落ち込み、前回の記事でも少し触れたようにドイツは、

「欧州の病人(Sick man of Europe)」

と呼ばれていました。

 

このドイツが苦境に立たされた時期、皆さんはお気付きですか?

そう日本がバブル崩壊によって、苦境に立たされた時期とほぼ同じなの
です。

しかしながら、ドイツはその苦境を改革によって乗り越え、10数年で
ユーロ圏最強の経済力を有する国に変貌を遂げ、「欧州経済のエンジン」
とか「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまでになっています。

日本がバブル崩壊のショックから立ち直れず、「失われた10年」とか
「失われた20年」といわれ迷走を続けていた時期に、ドイツは立ち直って
いたのです。

なぜ、ドイツは立ち直れて、日本は立ち直れず立ちすくんでしまったの
か?

 

 

画像素材:PIXTA

 

 

転機は労働市場改革

 

 

ドイツの転機となったのは、メルケル首相の前のシュレーダー前首相の
下で2003年に打ち出された労働市場改革といわれています。

積極的な就労の促進策や労働時間の柔軟な運用などを通じて就労が進み、
働きたい人がきちんと働ける市場を創ったのです。

日本のように年齢差別や性別差別がない、働きたい人が皆働ける労働
市場改革です。

超高齢化社会を迎えたにも拘わらず、日本は依然として高齢期に生産性を
維持して働くことができない状況が続いています。

働いて、きちんと生活できることは安心につながります。

今回のコロナ禍で皆さんも痛いほど実感できたはずです。

 

ドイツにはそれがあって、日本にはない。

 

その結果として、ドイツの製造業の生産性は日本の1.5倍もあるのです。

(驚くべきことに年間の労働時間は日本の2/3しかないにも拘わらず)

 

 

 

 

日本もドイツも製造業が強い国です。

自動車産業がともに強い国ですが、日本はその生産性において完全に
負けています。

その強さをつくった秘密とは、なんなのか?

専門家の皆さんが指摘するのは、前首相であったシュレーダー首相が
2003年に打ち出した経済構造改革「アジェンダ2010」の効果です。

経済成長を刺激し、社会保障制度を安定させ、ドイツの競争力強化を
狙った労働市場・社会保障・税制の一体改革でした。

その取り組みのメインは、硬直化し高コスト体質にあった経済構造に
メスを入れたことです。

構造改革では、企業が柔軟な採用を可能にするため解雇規制が緩和され
ました。

失業者に対しては職業紹介所への速やかな届け出が義務づけられ、
労働者の社会保険料負担が免除される低賃金労働や派遣労働者としての
就職の斡旋が広がりました。

労働者を飼い殺しにせず、労働者に対して挑戦することを促したのです。

社会保障制度改革で、企業に雇用の確保を強いる後ろ向きなやり方とは
違います。

 

一方で、長期失業者には失業給付の期間が短縮されるなど、就労を促す
改革が進められました。

この流れは短期的に失業者を増やしましたが、中長期的には失業率を
低下させたのです。

厳しく労働へ誘導しながらも、頑張る人を優遇している制度ともいえます。

 

ここまでしての高い生産性なのです。

働きたい人が、働ける環境ゆえの生産性ともいえます。

また、ドイツの産業界で労働者の賃金上昇の抑制が進んだことが、輸出
競争力を向上させました。

当時ドイツは労働コストの低い東ヨーロッパの国々との競争にさらされ、
労働組合側も同意のうえで労働者の賃金の上昇を抑える動きが広がった
そうです。

結果として、製造拠点が海外に流出せずに産業の空洞化も免れています。

雇用も守られるが、地域の産業も守られる。

 

日本は輸出競争力を維持する為に、多くの製造業が中国を中心とした
海外に移転してしまいました。

でも、それで日本の競争力はあがったのでしょうか?

雇用は守られたのでしょうか?

ドイツは、賃金上昇抑制はするものの、経済が順調に成長することで、
結果的に労働者の給与は前々回の記事のとおり上昇しています。

 

筆者は、低賃金や派遣労働者が増えると給与は下がると思っていました
が、経済全体の成長さえあれば賃金の底上げができるのだとわかりまし
た。

生産性も上がらず、輸出競争力も上がらず、賃金も低下する日本とは
対象的です。

 

以上のようにドイツの改革をみてみると、この日本にも改革が必要なの
ではないかと強く感じます。

 

 

 

 

少子高齢化に悩むこの国で。

 

人口も生産年齢人口も減少し、このままではGDPもどんどん減っていく
この国で。

 

この国の子供たちの未来を考えた時に。

 

やっぱり大きな改革が必要です。

 

それも手遅れにならないうちに。

 

 

今回の記事はここで一旦終わりにしますが、次回の続編ではドイツと
日本との政治の仕組みの違いについて皆さんと一緒に勉強をしてみたい
と思います。

 

新型コロナの対策が後手に回り、ダッチロールを繰り返したこの国を
どう変えていくのかヒントになるかもしれません。

 

 

今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

次回の記事も、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。