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人生を完成させるということ

2020年09月27日
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9月(2020年)上旬に筆者は4回目の心臓手術を受けました。

今回は今までの手術では治せなかったところを治す手術でした。

手術の難易度が高く、失敗した時のリスクが高いために、様子見をして
いたところでした。

心臓疾患は、コロナ感染の際に重症化するリスクを抱えているだけでな
く、冬季は血管の収縮によりリスクは増大します。

意を決して手術に臨みましたが、人生最大ともいえるほど死を意識しま
した。

 

実は、この死という意識をたくさんの人が抱え込む時代が迫っています。

 

本ブログの記事で度々ご紹介している2025年問題。

 

団塊の世代が75歳以上の後期高齢者の域に入る頃に、この国で起こるで
あろう社会問題に焦点をあてた課題です。

2025年から約20年間に亘り、大きな問題を抱えることになりますが、
この課題、実はその次もあるのです。

2035年から2050年頃にかけて、団塊の世代が大量に人生を終える時期
を迎えます。

 

そう、人生は長くなりましたが、その晩年には病気や虚弱といったもの
との戦いがあり、その先には人生の最後が待ち受けています。

 

今回の記事では、その命の終わり方について読者の皆様と一緒に考えて
みたい思います。

 

 

 

また手術の為に病室に入った筆者はいろいろなことを考えました
大きな病気をすると死生観みたいなものが生まれます

 

 

 

死は誰にでも来る人生のプロセス

 

 

人は大体60歳を超えると、自分の死を意識し始めるといいます。

死を意識するということは、ごく普通の事かもしれませんね。

筆者も60歳を前にして心臓手術を繰り返したことによって、自分の死を
強く意識するようになりました。

実は、自身のタブレット端末の中に「遺書(家族へのメッセージ)」を
残してあります。

 

ただ、人生にとって死は敗北ではありません。

 

死は誰にでも来る人生のプロセス(の一つ)だからです。

 

そう考えると、医療や介護が目指すべき方向性は、人生の終わりが来な
いようにすることではなく、人生のプロセスにおける完結をいかにその
人にとって豊かにすること、そして有意義にすることを助けることでは
ないかと考えることもできます。

 

人生の最後のプロセス = 人生の完成(完結)

 

と位置付けることもできるのではないでしょうか。

 

どのように人生を完成(完結)させるのかを考えることは、どのように
生きるのかという死生観にもつながります。

 

死を想いながら、生きることを考える。

 

どのような形で死ぬのかを(自分の理想として)考える。

 

以前の記事でご紹介した大家族制の時代には、殆どの方が家族に看取ら
れながら自宅で最期を迎えました。

 

デンマークでは、そんな死を「自然な死」と表現していました。
以前の記事を参照願います)

 

 

 

画像素材:PIXTA
デンマークだけでなく、かつてこの国でも自然な死はごく普通でした

 

 

 

今、この国では殆どの方が病院で亡くなられます。

 

人生の完成(完結)を考える時、高齢者施設も含めた居宅での最後を
迎える文化をもう一度復活させる時期に来ているのかもしれません。

 

 

もう一つの2025年問題における課題

 

 

なぜその文化の復活が期待されるのかというと、

2025年を超えると、大量に心身が弱った高齢者が都会を中心に溢れ出
します。

その高齢者の大波を高齢者施設は受け入れることができない事態が危惧
されていますが、それは同時に人生の最後を迎える場所もなくなる可能
性があるということなのです。

 

大量死の時代を迎えると、火葬する施設まで足りなくなるという情報
まであります。

 

こんな状態を迎える可能性があるがゆえに、今QoD(死の品質)が重要
になってくるかもしれません。

死生観を考える時にQoL(人生の品質)だけでなく、QoDも考えておく。

その人の死生観だけでなく、家族の協力も得て考える必要があるのかも
しれません。

 

 

QoLとQoDを考えたリノベーション

 

 

こう考えると、今までこのブログで考えてきた高齢期における家の
リノベーションも、もう少し違うものになるかもしれません。

 

死ぬ迄住み馴れた自宅で安心して暮らせるようにするリノベーション

+(プラス)

やりたいことをやった上で、自宅で人生を完成させるリノベーション

 

高齢期のリノベーションの究極の目的ともいえる、自宅で最期を迎える
リノベーションこそ人生の完成の為の必須アイテムといえるかもしれま
せん。

以前の記事でご紹介したリノベーションでは、リノベーションの際に
家の中にご主人の作業場所をつくっている事例をご紹介しました。

 

高齢になっても、趣味や仕事を楽しめる場所をつくる

好きなものに囲まれる生活は、心を豊かにしてくれます。

 

 

自分の物語をつくれるか

 

 

人生100年時代といわれるようになりました。

とは言っても、人生の晩年は病気になったり、虚弱な状態を迎えること
になります。

手術に次ぐ手術による医療漬けになっているケースも少なくありません。

そんなことを知っているからこそ、多くの方々が長生きを良いものと
捉えていないことも事実です。

以前の記事でもお伝えしたように、“長生きしたくない”と思う方も少な
くありません。

その一因は、死ぬ迄元気でいられる人が極めて少ないからかもしれま
せん。

健康寿命を長くする努力は必要でありながらも、いつかは虚弱状態が
深刻になることは避けられないのかもしれません。

 

そうなる前に必要なことは、自分の物語を持つということだと筆者は
思います。

 

病気になった時、完治治療であれば問題はないのですが、延命医療が
必要になった時、自分の方向性をハッキリさせる根拠にもなります。

 

手術を受けて成功しても、元通りの生活はできない場合。

手術後には、家族や親族に迷惑をかけてしまう場合。

 

今までは、「医療(医師)の言うがまま」の対処方法を選択してきた人
も多いのではないでしょうか。

 

手術後に自分の納得できる生活ができなくなるとわかった時には、
手術を受けずに緩和ケアを選択しながら、自分の納得できる人生を
選択する方法がこれからは増えるのではないかと考えています。

 

そのために大事なことは、自分の人生の物語をつくることなのです。

 

上記で書いた家のリノベーションは、自分の物語を描く為のキャンバス
であるともいえるのです。

 

 

画像素材:PIXTA

 

 

 

 

 

 

アドバンス・ケア・プラニング

 

 

でも、自分の最後を自分で決めれない場合もあります。

以前の記事でもご紹介したPPK(ピンピンころり)。

元気だったのに、急に倒れて亡くなってしまうということを表す言葉
です。

家族や親族は突然のことで悲しいのですが、寝たきりになって残された
方々に負担をかけることもありません。

 

このPPKで逝く人は非常に少ないのが実態ですが、家族や親族に迷惑を
掛けたくないと考える人は多いのではないでしょうか。

 

相談に乗ってくれる医師や看護師と相談しながら、自分が倒れた時に
どうするのかという「事前指示」を書いておく人は、ごく少数ですが
存在していました。

 

しかしながら、そこには難しさも存在していました。

 

事前指示の大きな要素は、自らが将来意思を表明する力がなくなった時
に、

 

①どういう医療をして欲しいか、して欲しくないかを指示する

②自分に代わって意思決定をする人を指名する

 

この2点を明記することだったようですが、実際にこれが書けるかと
いうと非常に難しいかもしれません。

 

そんなこともあってか、最近は将来の事を本人が家族や医療・介護の
提供者と話し合うアドバンス・ケア・プラニングという手法が、緩和
ケアや高齢者ケアを中心に採用されるケースが増えています。

 

本人の人生観や価値観を反映して、家族や医療・介護といった人生の
ステークホルダーが常に話し合うことができれば、高齢期のQoLは
飛躍的に向上します。

 

自宅のリノベーションだけでなく、このようなシステムを使うことに
よって人生の完成を目指すことは、とても大事なことになるのではない
でしょうか。

 

今回の記事では、人生を完成させるなんて大それたことをテーマにして
しまいましたが、人生には節目節目でいろいろなことが起きます。

 

そんな時にこそ、大事なことを考えるチャンスかもしれませんね。

 

自分の人生の終わり方を考えることこそが、残りの人生を意義あるもの
に変えていく力になるのかもしれません。

 

 

 

今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

次回の記事の投稿は、10月2日頃を予定しています。

新しい内閣が発足し、新たな役割を持った閣僚が誕生しました。

デジタル相とともに2025年に開催される大阪万博の担当相も新た
に任命されました。

「人生100年、世界の知を結集」するというテーマを持った大阪万博に
筆者も期待しています。

次回の記事は、筆者の大阪万博への想いを綴ってみたいと思います。

是非お付き合いください。