企業もLIFE SHIFT
コロナの影響で、人員削減やリストラ等の暗い情報が飛び交う中で、
少し意味合いが違う情報に目が留まりました。
日本を代表する企業であるホンダが、55歳以上を対象に2021年
4月から早期退職制度を実施するとマスコミに発表したのです。
2021年度から中高年やシニアの正社員向けに早期退職時に割増退職
金を払う制度を導入するそうです。
55歳以上が対象で、希望すれば再就職支援も実施するとのこと。
コロナ禍で、よくある首切りかと思う方も多いかもしれませんが、筆者
には少し違う感覚で伝わってきたのです。
ホンダは2017年に定年を60歳から65歳に延長しました。
その続きとして今回の制度にはどんな意味合いがあるのでしょうか。
新聞の記事には、車の電動化等の技術革新が急速に進む中、ソフトウエ
ア技術等に強い中途社員へのニーズが強まっているために、新制度で
年齢構成や人員配置の適正化を進めると記述されていました。
でも、筆者にはこの新たな制度が違う意味も持つのではないかと感じた
のです。
高齢者を大事にする雇用にいち早く取り組んできた同社を、筆者も今ま
で興味を持って調査してきました。
大学院で高齢者雇用についての論文を書いている際にも、ホンダを調査
していたのです。
今回の制度でホンダは何を狙っているのか、筆者は興味を持ちました。
確かにコロナの影響を受けてはいることは確かですが、高齢期の社員に
格別の配慮をしてきたホンダがどのような制度変更をするのかを今回の
記事を通して筆者なりに検討してみることにしてみました。
筆者が自身の論文で示した「高齢化先進企業」の図(2017年度)
ホンダが筆者の当時の評価では一番高かったのです
高齢化対応の先進企業ホンダ
筆者がホンダを調査したのは2017年でした。
国内自動車メーカー初となる、定年を65歳にまで延長する方針を明ら
かにした制度はその2017年から始まっていました。
具体的には国内の従業員約4万人の定年を60歳から65歳に延長する
内容で、合わせて子育てや介護をする社員を支援する制度も拡充すると
いう内容でした。
まだ介護離職の問題が大きくクローズアップされる前から、高齢化対策
に取り組んできたわけです。
少子高齢化で労働人口が先細りする中、労働条件を大幅に見直すことで
より働きやすい会社への転換を目指すとの方針が当時のマスコミ発表の
内容にも盛り込まれていたことを今でもよく覚えています。
ホンダでは、2010年度から60歳の定年退職後も希望すれば65歳
まで働き続けられる再雇用制度はあったのですが、当時再雇用の契約を
結んで働き続ける社員は全体の5割から6割程度でしかなかったようで
す。
給料は現役時代の約半分にまで下がり、負担の重い海外駐在をさせない
と労使間で定めるなど、活躍の場が限定されていました。
それに対して2017年度から始まった制度では、定年を65歳まで延
長するだけではなく、給料は現役時代の約8割を保証し、海外駐在の道
も開く内容に変わりました。
他の大手企業より早く高齢化対策に取り組んできたホンダは、年金政策
だけを考えて雇用延長しても、社員のモチベーションは下がるだけだと
いうことを早くから理解していました。
この制度導入の結果、働き方の幅が広がることにより、高年齢者の能力
を活かす機会も増えると考えられていたのです。
これからも一層の発展が見込まれる新興国の現場では、技術伝承の観点
からも経験豊富な人材の需要が高まっており、中国やアジア諸国への
派遣を視野に入れる内容であることが調査していた筆者の目にもはっき
りと理解することが出来ました。
当初の高年齢者に負担の重い海外駐在はさせない方針を転換したことは、
高年齢者の「市場価値」を会社側が認めたということになります。
画像素材:フォトサリュ 高齢期になっても存在感を持つ人は多い
またホンダは、定年引上げと同時に選択定年制度も導入していました。
60歳から65歳までのどのタイミングで退職しても、会社側は定年と
して扱い、高年齢者の多様性を重視した仕組み・制度を一気に整備した
形となっていたことに当時筆者は少し驚かされたのです。
しかしながら、これにはホンダ社内の内部事情も関係していると推察さ
れました。
ホンダの従業員平均年齢は、同業他社と比較すると高かったのです。
また、社員の年齢構成では、40代後半から50代前半がボリューム
ゾーンになっている為に、長期ビジョンで考えると一気に社内の高齢化
が進むことになります。
その為に当時から高年齢者活用の形を確立しておきたいとの企業の
(人事)戦略が垣間見えました。
企業の平均年齢や社員の年齢構成はこれからの高齢者活用を考える上で
大きな要素となりうります。
ただ、ホンダは社内事情だけでなく、他の高齢化対策先進企業同様に
再雇用制度の限界を感じ、65歳定年制度導入に舵をきったことも確か
だったのです。
そして今回の早期退職制度は単なる追い出し制度ではなく、高齢期の
社員に対する多様性を重要視した施策の一つではないかと筆者は感じ
たのです。
ライフシフト・プログラム
ロンドン大学のリンダ・グラットン氏が、著書を出版し、世界に衝撃を
与えたのは2016年でした。
100年時代の人生戦略を世に問うたこの名著の名前は、ライフシフト
でした。
今回のホンダが新たに定めた新しい制度の名前は、ライフシフトプログ
ラムです。
筆者は、コロナの影響や2輪車の需要減退、そして自動車の電化という
事業環境の激変だけでこのプログラムを導入したとは思えないのです。
そう後ろ向きに考えたのではなく、前向きに考えたのではないかと。
2010年からの65歳までの雇用延長、そして2017年からの65
歳定年制。
いずれも日本を代表する企業の中では対応がとても早かったのです。
流通業界でも早い対応をする大企業もあったものの、それは深刻な人材
不足ゆえの対応でした。
人手不足に悩んでいない大手企業がいち早く企業の高齢化対策に取り組
んだのです。
高齢化先進企業であったゆえに多くのノウハウや知見が蓄積されたのだ
と思うのです。
そんなホンダが今回早期退職に踏み切ったことにはどんな意味があるの
でしょうか。
そして、希望すれば再就職の支援をするということはどう意味なのか。
ホンダは、広く大企業で導入されている従来型の再雇用制度では、企業
側のメリットもなく、再雇用される高年齢者側のモチベーションの低下
によるデメリットを十分に理解した会社です。
国は年金支給年齢の更なる先延ばしを視野に65歳を超えて70歳まで
の雇用延長を企業に迫っており、まさにその努力義務が始まるのが
2021年、そう今年です。
そんな状況の中、筆者はホンダが年金政策に対応するだけの雇用はした
くないのだと感じました。
だから(会社の戦略として)先に手を打ってきた!
(会社として)高齢期になった社員をどう活かすのか。
高齢期になった社員に残りの人生をどのように生きていくのかを考えて
もらうにはどうすればいいのか。
その結果が、今回のライフシフト・プログラムなのではないかと。
業績が落ち込み、将来の不安からすぐに人の首を切る会社は、昔と比べ
るとずいぶん増えました。
そんな中で、長く高齢期の社員を大事にしてきたホンダの今後の対応に
はとても興味が湧きました。
ただの首切りではないことをこれからのホンダとホンダの社員が証明し
てくれることに期待したいと思います。
このプログラムの進展を今後もこのブログで追跡しようと思っています。
2021年4月からスタートする「ライフシフト・プログラム」と名付
けた制度に期待を寄せて今回の記事を終えたいと思います。
今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。