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死生観とは

2021年05月22日
17

コロナ対策も3回目の緊急事態宣言が延長されることが決定されたと思
ったらさらなる延長が検討されている状態です。

 

なんとも言えない感じがします。

まるで底なし沼にでも突き落とされた感じといいますか・・・

 

苦境に立たされる人々が増え、先の見えない社会に不安を抱える人が殆
どです。

 

「今を生きることだけで精一杯」・・・そんな言葉がピッタリです。

 

中には仕事や家を追われ、ネットカフェで生活をしている人もいます。

 

そして、支援団体や自治体が手配した施設を転々とする人々も少なくな
い状態なのです。

 

そんな厳しい生活を強いられている方々が発する言葉の中にはとても
ショッキングなものもあります。

 

「私は本当に生きているんだろうか?」

 

と漏らす若い女性の気持ちを察すると胸が痛み、少し辛くもなります。

 

 

 

画像素材:Jim Mayse

 

 

 

そんな中で、死を選択する女性や子供といった弱い立場の人が増え続け
ています。

 

 

でも、これからその数の数百倍、数千倍の方々がお亡くなりになる時代
を迎えようとしているのです。

 

そう、以前の記事でも書いたように、これから少産多死社会がやってく
るのです。

 

現役でバリバリ働いていたり、健康な暮らしを送っている方々は、死と
向き合う機会が殆どなく、自分がどのように人生の最後を迎えるのかな
んていうことは考えたこともなかったのかもしれません。

 

そう、このコロナが襲ってくる前までは・・・

 

でも、正しく死と向き合うことは人生100年時代を生き抜く上でとて
も大事なことだと筆者は考えています。

 

筆者も60歳の還暦を前にして何度も心臓手術を受けて、命を長らえて
きました。

病院のベットの中で、何度も自分の死について考えてきました。

だからこそ正しく死と向き合うことが出来るのかもしれません。

 

今回の記事は少し趣向を変えて、「死生観」について読者の皆様と共に
考えてみたいと思います。

 

 

 

画像素材:Jim Mayse

 

 

 

心に刻んだ言葉

 

 

筆者には、死について心に刻み込んだ言葉があります。

 

まだ現役バリバリで働いていた40代の頃かもしれませんが、いつも机
の前にこの言葉が書かれた紙を貼っていました。

 

 

「今日がもし(人生)最後の日だとしたら、あなたは今していることを
したいか?」

 

 

筆者にこの言葉を教えてくれたのは、あのスティーブ・ジョブスさんで
す。

彼に関する書籍を読んでいた時にこの言葉と出会いました。

 

仕事で悩んでいた時にこの言葉と出会い、起業を目指して勉強を始めた
きっかけにもなった言葉です。

 

この言葉に出会った数年後、彼はすい臓がんで亡くなりましたが、スタ
ンフォード大学の卒業式で彼が行ったスピーチは今でも内容をはっきり
と覚えています。

 

この有名なスピーチの数年前にすい臓がんで一時は命を諦める状態に陥
れられた事を考えると、彼は本当に真剣に死と向き合っていたはずです。

 

そう、スティーブ・ジョブスさんはきっと死生観に近いものを持ってい
たと筆者は思うのです。

 

そして、彼はスタンフォード大学でのスピーチで語っていました。

 

 

(死を意識すると) 本当に大切なことしか残らない

 

 

希望も薄っぺらなプライドも将来の不安も、何もかも「死」の前には何
の意味も無くなると。

 

人間は死を意識すると強くなれるのかもしれませんね。

 

 

 

 

画像素材:Jim Mayse

 

 

 

人生を振り返る良い機会

 

 

恐れないで死を考えることを、これまでの人生を振り返る良い機会にす
べきではないかと筆者は考えています。

 

少し前にエンディングノートというものが流行りましたが、人生の終わ
りの準備をするのではなく、少し休憩して自分の人生を見直してみるこ
とは無駄にはならないと思うのです。

 

もしかすると、セカンドライフで本当にやりたかったことを見つけたり、
思いがけないものを再発見をすることができるかもしれないのです。

 

小学校の頃、皆さんは自分の将来について作文をしたことがあるのでは
ないでしょうか。

 

一昔前は、末は博士か大臣か とか 社長さんとかが定番だったかもし
れませんが。

将来なりたいのは野球選手、パン屋さんやケーキ屋さん。

 

でも大きくなると、著名な大学を卒業して大きな会社に入ることを優先
することになるのです。

 

夢がなくなり、現実を突きつけられる。

 

でも、セカンドライフは自分の為の本当の人生であると考えると、そこ
には夢があってもいいのかもしれませんね。

 

大きなことではなくても、「やりたかったこと」や「やり残したこと」
をやってみることは、長い人生の中で決して無駄にはなりません。

 

筆者も定年後は自分の仕事をしながら地元の温泉巡りをしていました。
(笑)

 

そうサラリーマン時代は、なかなかゆっくり温泉なんて考える余裕はな
かなかありませんでした。

 

今回は仕事で北海道に来ていることもあり、大自然や綺麗な星空を見て
みたいと思っています。

 

意外と現役時代には、やりたいことが出来なかったのではないでしょう
か。

 

そう考えると、セカンドライフはやりたかったことができる大きなチャ
ンスなのかもしれません。

 

それを気付かせてくれるのが、もしかすると死生観かもしれないのです。

 

 

 

画像素材:Jim Mayse

 

 

 

死生観とは生きることを考えること

 

 

 

もう「人生100年」という言葉が随分と社会に浸透しました。

 

60歳になったら、今までの経験を活かして社会の為になる最高の仕事
をするという覚悟を持って、セカンドライフの生き方を考えてみる。

 

70歳になっても、今までは人間としてまだまだ修行時代と認識して、
どうしたら人生を素晴らしいものとして完結できるのか考えてみる。

 

80歳を超えたら残りが人生の集大成と考えて、本当のライフワークを
極めてみる。

 

ただ違うのは、いつも自分の死と真面目に向き合いながら自分の人生を
真剣に考えてみるということ。

 

この世に生を受けて、今まで頑張ってきました。

歩んできた道がよかったのか、悪かったのか、なんて誰にも言えません
よ。

自分で決めるんです。

 

死生観を持つということは、真剣に自分の人生を考えることに繋がるの
かもしれません。

 

 

死生観を考えることは、

 

それは、

 

人生を振り返り、やりたかったこと、やり残したことを確認して、でき
ることを後悔しないように生きているうちにやれることはやってしまう
こと。

 

そして、

 

それは、きっと本当の人生を、ライフワークを、極めることに繋がりま
す。

 

今回の記事では「死生観」という少し難しいテーマを扱ってみました。

 

若輩者の筆者には、そんなことを語れる資格なんてないかもしれません。

 

歳をとると心身は弱っていきます。

 

無くすものも多いのですが、反面高齢であっても創りだすこともたくさ
んあることを認識しておくこともとても大事なことだと思っています。

 

 

今回の記事も最後まで読んでくださり、感謝申し上げます。