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全ては人で決まる

2021年11月06日
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先日、大手携帯電話会社の大規模な通信障害が発生し、200万人を超
える顧客に影響が出たそうです。

 

マスコミにも大きく取り上げられたこともあり、監督官庁も異例の速さ
で報告指示を出しました。

 

これには当然のごとく背景があります。

 

社会インフラのトラブルが相次いでいるからなのです。

 

大手銀行の度重なるATM障害、設備障害に起因する鉄道の長時間運休。

それも首都圏の大動脈ともいえる路線での発生ということもあり、影響
が大き過ぎました。

 

問題を多発させているのは、ビックネームと言われている日本を代表す
る大企業です。

 

問題は、ビックネームだけに留まりません。

 

インフラ構築を補助する為に部品や製品をビックネームに納入している
メーカーにも検査に不正が見つかる等問題は後を絶ちません。

 

少し前になりますが、マンションの耐震偽装問題は社会に暗い影を落と
しました。

 

なぜ体制もしっかりし、人材も豊富な大企業でこのような問題が無くな
らないのでしょうか。

 

 

 

 

画像素材:フォトサリュ  鉄道の事故も後を絶ちません。
なぜ安全管理が徹底されているはずなのに事故は起きるのでしょうか?
※この写真と事故とは無関係です

 

 

 

筆者が長く勤めた会社でも同じことが起きていました。

 

問題が起きるたびに体制が強化されたり、新しい監督組織ができるので
すが、一向に問題が無くならないのです。

 

品質に関わる時間もお金も増えているのに”変わらない”のです。

 

筆者は組織のトップの決意や言葉、態度が変わらないと問題は無くなら
ないと考えています。

 

会社トップが“安全と品質が全てに優先される”と言っても、その言葉が
弱かったり、中途半端だと、現場では利益が優先されてしまいます。

 

よくあることは、ある会議では“安全・品質は全てに優先”と言いながら、
別の会議では“利益が一番重要”だと言う。

 

こんなに言葉が中途半端だと、組織が混乱します。

 

仮にトップの発言に一貫性があっても、組織階層(ヒエラルキー)のど
こかで中途半端な発言が出ると、同じことになります。

 

組織が大きければ大きいほどこの「ヒエラルキーの罠」は、起きやすい
のです。

 

もう一つ言えるのは、日本企業の組織風土・文化が大きく変わってしま
ったことです。

 

 

特にバブル崩壊以降、金、金、全ては金になってしまったように感じて
います。

 

日本企業の中に、拝金主義というウイルスがまん延してしまったのです。

 

安全や品質よりも金を優先する人が出世をしたり、お金をたくさん工面
できる人が優遇される傾向が強くなりました。

 

 

こうなると、安全や品質を大事にする人はいなくなります。

 

「安全・品質第一」は建前になり、問題が無くなることはありません。

 

冷静になって考えてみると、安全・品質コストを発生さない方が利益に
繋がるのです。

 

大企業は、一つ大きな問題を起こすたびに、とてつもない安全・品質コ
ストを使うことになるのです。

 

ようするに、安全・品質第一は、企業にとって最良の施策なのです。

 

でも、お金の為にそれがなおざりになり、問題が発生する。

 

こんな本末転倒のようなことが起きてしまう組織風土・文化になぜなっ
てしまったのか。

 

 

 

画像素材:いらすとや  ”世の中全てが金だ!”
そんな世の中になってしまったことは、悲しいことです

 

 

 

もう一つの要因として考えられるのが、トップへの信頼感の低下です。

 

社員から見て絶対的な存在であるトップがいるか、いないかで全く違う
のです。

 

この人ならずっとついていきたい。

この人の為なら無理は承知で頑張れる。

とっても怖いけど社員にとってお父さんのような存在。

 

確かに昔の方は、社長のことを「親父さん」と呼ぶことが多かったので
す。

 

若い方には信じられないことかもしれませんが、お昼ご飯を社員と一緒
の食堂で仲良く食べることも少なくなかったようです。

 

経営者といっても、社員ととても距離が近く、フレンドリーなところも
あったようです。

 

そんな親父さん的な経営者は急速に姿を消していき、バブル崩壊以降は
全く違う経営者像が浮かび上がっていきます。

 

報酬は欧米並みにうなぎ上りに上がっていくのとは対照的に、社員の評
判は”どこまで下がるんだ”というところまで下がっていくのです。

 

えぇ~~なんでこんな人が?

信じられないィ(人事)

 

大事な会議でも、真剣に聞く人が少なくなり、モチベーションは下がり、
社員は “うまく” 仕事をするようになり、
生産性は “見えないように” 下がっていきます。

 

特定の派閥ばかりが優遇され、(見えないウイルスのように)働かない
人がさらに増殖していきます。
(いや、パソコンを見て仕事をしているフリをする人が増殖していきま
す)

 

そして、先輩方が苦労して長年積み上げてきた文化や風土は崩れていく
のです。

 

 

結局は、「人」なのです。

 

素晴らしい「人」がいるか、いないかの違いです。

 

ここまで書くと、この現象、どこかの国のどこかの政党によく似ていま
せんか?

 

今回の選挙は、与党が勝ったように見えますが、与党にも野党にも「人」
がいなかっただけです。

それは、低い投票率にも現れています。

ただ、大阪だけは「人」がいたのです。

だから大阪は一部の野党が大勝しました。

 

 

大事な(人の上に立つ)人の質が落ちてしまったからこんな結果になっ
た。

 

全ては、「人」なのです。

 

 

 

 

画像素材:いらすとや 維新の立役者の中でも最も人気の西郷隆盛
こんな人がいれば、もっと社会を変えることができるかもしれませんね

 

 

 

どうしたら素晴らしい人にトップになってもらえるのか?

 

筆者の記憶では1980年代までは、日本の企業は「人」を育てていま
した。

 

そしてその人は、次の素晴らしい人を育てるのです。

 

企業の中にこの「人を育てる」という文化や風土が確立している組織は
非常に強い組織となりえます。

 

しかし、バブル崩壊以降多くの企業では外からトップを連れてくるよう
になりました。

 

そして、トップが「次の人」を育てなくなり、組織が生み出すお金ばか
りに焦点が移ってしまいました。

 

この人を育てるという風土・文化を失くしたことが、日本企業にとって
致命的だったのかもしれません。

 

政治に目を移すと違う視点が見えてきます。

 

政治が「人」を育てられないのであれば、国民が「人」を育てるしかな
いのかもしれません。

 

そうしないと、この国の明るい未来は見えてこないのではないかと思う
のです。

 

 

最近、この国の政治家をみても、TVで頭を下げている企業のお偉い方を
みても、人が育っていないなあと思ってしまうのです。

 

国民から親父さんと慕われ、尊敬され、期待されるような人はもう出て
こないのかと思っているのは筆者だけでしょうか?

 

 

今回の記事は、独り言のような記事になってしまい、申し訳ありません。

 

 

今回の記事も最後まで読んで下さり、感謝申し上げます。