社会が壊れている
参議院議員選挙の投票結果が出ました。
結果は、与党の惨敗…
新興政党の台頭…
結果を大きく左右したのが、物価高等に苦しむ現役世代だということに
なっています。
筆者は選挙前にネット上で公表されたある言葉に注目しました。
「社会が壊れている」
少し過激な表現でもありますが、若者を中心とした現役世代の率直な意
見だと感じました。
画像素材:フォトサリュ
確かにこの社会は何か得体の知れない重苦しいモノに包まれています
なぜこのような表現の言葉が出てきたのでしょうか?
そもそも社会とは何でしょうか?
ネットで社会と検索すると…
“ 人々がより集まって共同生活をする形態 ”
とありました。
そうすると今の社会が、共同生活をすることができない状況になってい
るということになるのでしょうか。
格差の拡大
貧困の広がり
筆者が一番強く感じているのが、
「一生懸命、真面目に、働いても食べていけない社会になった」
ということです。
非正規雇用が社会に蔓延り、働いても食べていけない社会になったこと
が一番の問題だと感じているのです。
就職氷河期世代の皆さんが味わった苦痛を他の世代にも広げてはいけな
いと思います。
ロストジェネレーションとも呼ばれているこの世代の皆さんの意見の中
には、
「この社会では普通に働いて普通に生きることが破壊されている」
というモノまであるようです。
その結果で、詐欺被害がこんなに増えてしまったのでしょうか…
真面目に働いても食えないのであれば、理解できないこともありません
が…
社会の構造やその(理想の)あり姿まで破壊されていると感じているよ
うです。
なんともならない無力感に襲われている人が多過ぎるのかもしれません
ね。
画像素材:いらすとや
失われた30年を象徴するかのような就職氷河期世代の皆さんも気が
付けば中高年になってしまいました
そうでなくても悩み事の多い世代、将来の不安は募るばかりです
一生懸命頑張って働いても食べていけない…
とても残酷なことです。
政治家は、この無力感を理解しないままこの状態を放置してきたと指摘
されても、言い訳はできないのでしょうね。
筆者も子供の頃に親を亡くして、長い間貧乏暮らしでした。
でも、一生懸命働いたら、貧乏から抜け出すことができたのです。
そして、いろいろな方々(社会)から助けてもらったことも確かです。
親族は全く頼りにならず、助けてくれたのは社会だったのです。
壊れた社会は弱い立場の人間を救うことはできないかもしれませんね…
筆者も貧乏をやっと乗り越えた頃から、
「一生懸命努力して頑張ればなんとかなる」
と感じたものです。
そう思わせてくれる時代に生まれたことに感謝したいと思います。
ある意味希望に満ち溢れたそんな時代の中で、筆者の周りの方々もみん
な一生懸命でした。
昭和の佇まいを残す商店街 昔の商店街はみんなこんな雰囲気でした
決して裕福ではありませんでしたが、みんな一生懸命に生きていました
一生懸命頑張っても、希望が見えない社会だから、壊れているという考
え方には理解もできます。
筆者がまだ若い頃、年配の方々が、
「昔は良かった」
と言っていたのが、今はよく理解することができます。
今の現役世代が20年後、30年後に今を振り返ったらどう思うのでし
ょうか。
「昔は酷かった」
で済めばいいのですが…
「昔も今も酷い社会」
こんな社会にしたくはありませんよね。
でも、今回与党(過去に政権を担った期間が一番長い政党)が大敗した
のは、そんな酷い社会にNOを突きつけた国民の反乱だったのかもしれ
ませんね。
「こんな社会にしたのは誰だ!」
そんな怒りの感情が伝わってきそうです。
与党はこの大敗で、国民に信を問わなければならなくなりました。
解散総選挙にでもなれば、この国は少し変わるかもしれませんね。
ただ、それでこの社会が劇的に良くなるわけではありません。
ここまで酷くなってしまった社会を変えていくことは、容易なことでは
ないからです。
良い社会とはどんな社会
変えていくにしても、どんな社会がいいのでしょうか…
その参考になるのが、上記で紹介した「昔は良かった」という言葉です。
一生懸命努力して働けば、キチンと生活ができて、夢や希望が持てる社
会…
昔が良かったのはそれだけではありません。
今より遥かに人を大切にしていたこともその一つです。
人が人を(厳しく愛情を持って)教育していたように感じています。
以前の記事でもご紹介したことのある図です(筆者作成)
人を大事にする社会が良い社会であることは間違いではありません
以前の記事でもご紹介をしたことがありましたが、筆者もそんな恩恵を
受けた人間の一人ですので、よくわかります。
とにかく今の社会は、人を粗末に扱うようになってしまいました。
拝金主義が台頭し、お金儲けがうまい人間が偉いようなおかしな社会に
なってしまったのです。
何かおかしいですよね。
読者の皆様も、道徳観という言葉をご存知かと思います。
小学生の頃は、道徳という授業がありました。
今の小学校にはあるのでしょうか?
小学校の校庭には必ずと言っていいほど、二宮尊徳(二宮金次郎)の銅
像がありましたね。
実は今の小学校にはないそうなのです。
背中に薪を背負い、本を読みながら働く少年の姿が銅像になっていまし
た。
画像素材:いらすとや 中高年の方なら見たことがある筈です
二宮尊徳(金次郎)の銅像は校庭の中で見やすい所にありました
時代が変わり、
「子どもが働く姿を勧めることはできない」
「戦時教育の名残り」
「歩いて本を読むのは危険」(確かに車社会では危ないですね)
だなんていう批判があって、小学校から撤去されているようです。
でも、筆者にとって二宮尊徳は、努力の象徴でもありました。
二宮尊徳の遺した言葉に、
「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」
という名言があります。
確かにどんなに立派な理念があろうとも、理念を実現するにはお金が必
要であることは事実です。
その反面で、道徳観のない経済は犯罪に等しいと言っているのです。
政府が野放しにしている今の新自由主義経済に道徳観はあるのでしょう
か。
ただの低俗な金儲けだけのようにも見えてしまいます。
(株主や経営者の)利益の為に、キチンとした生活ができないとわかっ
ている賃金で雇用することは、道徳観があることなのでしょうか?
とても疑問を感じてしまいます。
新自由主義経済を野放しにしたことによって、格差はとんでもなく進行
してしまい、貧富の差も異常なほど開いてしまいました。
多くの貧困層を生み出す要因にもなってしまったのです。
「道徳」
「人を大事に育てる」
かつてこの国の社会が大事にしていたものをもう一度取り戻した社会が
良い社会と言えるのかもしれませんね。
どちらにしても、このまま格差社会や非正規雇用が当たり前という社会
を野放しにはできないのです。
少なくともこの国を支える現役世代から、「社会が壊れている」なんて
いう訴えがある酷い状況から抜け出す社会にならなければなりません。
この国の政治には暗いイメージしかありません
「裏金のような金の問題」「忖度」「暴言や失言のオンパレード」等々
国民の多くが政治家は国民の姿を見ているだろうかと疑問視しています
経済も大事ですが、より良い社会の構築に尽力できる政治家をもっと増
やしていく必要があると感じています。
既成概念の凝り固まった政治家ではなく、新しい考え方でより良い社会
を構築する政治家を…
党利党略よりも国民の生活を優先して守る政治家を…
そういう意味では政党政治そのものを形ごと変えていく時代なのかもし
れません。
我々の代表者が政治家なのであれば、
そんな政治家の本質を見抜く力も、
政治家を育てていく力も、
国民には必要になってくるのではないかと思いました。
今回の記事は、選挙期間中に国民が訴えたSOSのメッセージについて考
えてみました。
今回の記事も最後まで読んでくださり、感謝申し上げます。







